妙義龍の名前の由来は何?豪栄道との仲が良いか悪いか調査!

妙義龍は最近人気が急上昇中ですが原因を調べてみました。
力士の勝負の結果は勝ち負けで判断されますが、人気力士の中の
豪栄道関を破った事で妙義龍関は人気になったので妙義龍の講演会や
ファンの皆さんから通目を集めたのです。
今回は、妙義龍の名前の由来や豪栄道との仲について調べてみました。

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妙義龍の名前の由来は

四股名を本名である「宮本」から、「いろいろな技を出せるように」という意味を込めて、埼玉栄高校時代の恩師らと考案した「妙義龍」へと変更したのです。

その由来は、

・妙=きわめて巧みなこと
・技=わざ

この2文字なのだとの様です。

この「妙技」の字を少し変えて、現在の「妙義龍」という四股名に
なったと言われています。

その理由は、「いろいろな技が出せるように」

このような意味を込めて、母校の恩師らと相談して、決めたようです。

いろいろな技が出せることによって、対戦相手との戦いに勝てる可能性が大きくなることは将来の希望がわいてくるのかも知れませんね

豪栄道との仲について

妙義龍は、出身高校である埼玉栄高等学校の相撲部の監督に出会い
同校の相撲部に入部しました。

この埼玉栄高等学校ですが、部活動が盛んな事で有名な学校で、相撲部を含めた多くの部活が、全国大会への出場を誇る実績がある有名校なのです。

この埼玉栄高校時代の同級生には大関、豪栄道がいます。

ちなみに豪栄道関の所属部屋は妙義龍関と同じ境川部屋。

豪栄道と妙義龍高校時代から有名な力士でした。

2004年の高校総体の個人戦では、豪栄道が優勝、そして妙義龍が準優勝という栄えある栄誉を手にした実績があります。

この頃から、妙義龍は、豪栄道から相撲に関する習慣の同義を教えてもらっていました。

そんな妙義龍関ですが、埼玉栄高等学校を卒業後、日本体育大学に進学しました。

4年生の時には国体の個人の部で優勝し、幕下付出しの資格を獲得されています。

ちなみに、この日本体育大学の出身力士は、東前頭14枚目の嘉風関や、
十両の千代大龍関がいました。その後、かつての同級生の豪栄道関がいる境川部屋に入門したのです。

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初土俵は2009年の5月場所でした。

2010年の初場所には十両に昇進してるのですが、何と3日目から重傷を負って休場。

傷はよっぽど重かったようで、7月場所まで連続して休場しました。

その結果、番付は三段目まで降格するのですが、妙義龍は、過去の国体優勝者としての底力もあってか勝ち続け、2011年の十両での二場所連続もあって、同年の九州場所では新入幕入り。

一方、この時期の豪栄道関は、前頭筆頭の地位にいて、より上の地位を目指す段階でした。

2004年には同級生の豪栄道と共に全国高等学校総合体育大会(高校総体)に出場し、団体戦では澤井が主将・宮本が副将としてチームを引っ張ったのが原因で、個人戦では豪栄道が高校横綱、妙義龍は準優勝に輝いたのです。

2009年5月場所前に豪栄道が所属する境川部屋へ入門しましたが、妙義龍と豪栄道は埼玉栄高校の相撲部時代からの関係が続いたのです。

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まとめ

妙義龍の名前の由来は埼玉栄高校の相撲部の恩師と相談して、いろいろな技が出せる様に決めました。

妙義龍と豪栄道の仲はお互いに埼玉栄高校 相撲部に在籍した後、境川部屋に入門してから互いに切磋琢磨しながら、上位をめざしております。

現在の妙義龍はいりろな技を駆使しながら上位を淡々と狙っています。

さしあたって現在の目標は大関取りではないでしょうか?

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