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炎鵬の来歴が素敵! 力士情報やプロフィールと白鵬との関係を暴露

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炎鵬の人気は軽量ながら大型力士にも引けを取らない戦いぶりが
大相撲の人気力士として、大活躍中であり人気も上昇中なので
今回は、力士炎鵬の経歴や横綱白鵬関との関係を掲載しました。

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炎鵬の経歴
四股名 炎鵬 晃

本名 中村 友哉
愛称 ユウヤ、ユウタン、ふんどし王子(高校時代)、
ひねり王子(入門後)、令和の牛若丸
生年月日  1994年10月18日

(25歳)

出身地  石川県金沢市
身長  167cm
体重  98kg
所属部屋名  宮城野部屋
得意技  左四つ、下手投げ
目標とする力士 兄弟子の石浦
締め込みの色 濃い赤

炎鵬の人気はどうなの?

2020年1月場所では9日目までに7勝するなど土俵を盛り上げていますね
土俵入りの際や対戦で土俵に上がった時の館内からの声援はものすごく多く
人気があることを物語っています。
どうしてこんなに人気があるのでしょうか?
その理由は小型な体格で大型力士と対戦するときなどは、
まるで大人と子供のような力士同士の対戦するのですが、
炎鵬関が大型力士を引きずり回したり、あるときは考えられないような
しぐさを用いて勝利する姿には、観客は大喜びをして、拍手喝采するのです。

観客の皆さんは、到底炎鵬関は大型力士には勝てないかも知れないけど
炎鵬関が勝利したときには感激してしまうので、人気になっています。

炎鵬と白鵬との関係は?

就職活動中に、応募先からも面接で角界入りを勧められていた頃、

大学卒業後は横綱・白鵬の内弟子として、宮城野部屋へ入門しました。

2017年の初場所後に白鵬関と対面した事が決め手となったそうです。
大学卒業後、横綱・白鵬の内弟子として、白鵬がいる宮城野部屋に
入門しました!

ちなみに内弟子とは将来独立して部屋を持つことを前提に、
現役中の力士が見込んだ入門者を師匠に預かってもらう形でとる弟子のことです

白鵬は現在部屋を持っておりませんが、近い将来独立して
部屋を立ち上げる前提で準備をしています。
その際には炎鵬を弟子として迎えることを見込んでいるそうです。

地方巡業の稽古では、炎鵬は白鵬に徹底的に指導を受けているようです。
白鵬に稽古をつけてもらえるということは円法が益々強く精進出来るのには
間違いありませんね?本場所での活躍に期待しましょう!

炎鵬の来歴

炎鵬の父親は北国新聞社に勤務していたが、炎鵬が相撲に興味を持ったのは、
兄の影響で5歳の頃に体の大きい友達と相撲をとって勝ったことからである。

炎鵬の学生時代の来歴

金沢市立西南部中学校時代は「輝」(本名:達綾哉)と同期であった。
3年の次には、全国都道府県中学生相撲選手権大会で「」と
同じ石川県代表として団体優勝をした。

中学時代は厳しい稽古と洗濯や、雑用をこなし、食事もちゃんこ3杯、
米3杯を毎日食べさせられて体を作ったのであるが
炎鵬の体質は、体が大きくならない体質であり仕方がないのでしょう!

中学卒業後は金沢学院東高校に進み、
3年の次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝している。
金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科に進学すると、
1年次に西日本学生相撲新人選手権大会で優勝したことに始まり、
2年次と3年次には世界相撲選手権大会の軽量級を2連覇するなど、
全部で10個のタイトルを獲得した。

炎鵬の関取時代の来歴

初土俵となった2017年3月場所は、前相撲を取って一番出世とした。
初土俵の同期には若隆景らがいる。
5日目に新序出世披露を受ける時には、
この日から、白鵬が付ける予定だった化粧廻しを借り受けて使用したのは
相当嬉しかったようですが(白鵬はこの日から途中休場)。

初めて番付についた5月場所は、7戦全勝で序ノ口優勝とした。
7月場所は序二段に上がり、また7戦全勝とし、
優勝決定戦では幕内経験者の舛乃山を下手投げで下した。

この場所から四股名の下の名前を本名の「友哉」から「晃」に変更した。

この名前は、道場の5年先輩で、大相撲入門の9年前にオートバイ事故で
死亡した、道場時代に慕っていた人の名前を貰ったものである。

三段目に上がった9月場所も7戦全勝で満津田との優勝決定戦を制して三段目優勝とした。

11月場所は西幕下14枚目に上がり、
全勝なら関取昇進の可能性もある番付となったが、1番目の相撲で常幸龍に敗れて、連勝は「21」でストップした。

常幸龍は序ノ口デビューからの連勝記録を持つ力士であり、
記録保持者に更新を阻止される形となった。

2番目以降は立て直して、この場所は5勝2敗で勝ち越した。

翌2018年1月場所は東幕下6枚目の番付で4勝3敗。
通常なら関取に昇進できる成績ではないが、十両からの陥落力士が
多いという事情もあり、場所後の番付編成会議で、3月場所での新十両昇進が決定した。

幕下付出入門者を除けば、所要6場所での十両昇進は史上最速タイのスピード出世となった。

新十両の場所は西十両14枚目の番付となり、十両の一番下の地位で
3月場所に臨んだが、十両の壁に跳ね返されて、4勝11敗と大きく負け越した。

幕下に落ちた5月場所からは2場所連続で5勝2敗と勝ち越し、
7月場所後の番付編成会議で、9月場所での再十両昇進が決定した。

西十両13枚目で迎えた9月場所は9勝6敗の成績で関取として
初の勝ち越しを決めた。

2019年3月場所は自己最高体重の100㎏で場所を迎えるなど好調が
伝えられた。

その場所の9日目の徳勝龍戦は尻が土に10㎝まで近付くピンチから
蛙飛びのように体勢を整え、相手の左足を両腕で取って足取りで白星。

この場所は8勝7敗と勝ち越し、5月場所は新入幕を果たした。

5月場所4日目の大翔鵬戦では180㎏の巨体を下手投げで転がして
白星を奪い、9日目終了時点で7勝2敗で勝ち越しに王手をかけたが、
その後6連敗を喫し7勝8敗で負け越した。

翌7月場所も10日目までに7勝目を挙げたが、給金相撲に3連敗。

しかし、14日目に白星を挙げ、初土俵から自身10回目の給金相撲にして、
幕内でようやく勝ち越した。
体重100㎏未満の力士が幕内で勝ち越したのは1997年9月場所の
舞の海以来22年ぶり。

千秋楽も勝って最終成績は9勝6敗とし、技能賞を獲得した。

9月場所は11日目に勝ち越し王手となったが12日目から2連敗。
しかし14日目に白星を挙げて勝ち越し、千秋楽も勝って9勝6敗とした。

NHK大相撲解説者の北の富士は「9番勝って前半戦を1人で盛り上げた。「そういうのは星数じゃなくて、十分に敢闘賞に値する。普通のお相撲さんの11勝、
12勝にも匹敵すると思う」と
三賞を逃しながらも小さい体で場所を戦い抜いた炎鵬を称えた。

凱旋巡業となる10月6日の秋巡業金沢場所では4200人の観客に見守られた中で相撲を取った。

12月1日の冬巡業直方場所では、自身1年ぶりとなる巡業での実践稽古を行った。
かつて巡業中の稽古で足を負傷して救急搬送されたトラウマや本場所での
怪我などから中々巡業で実践稽古を行えない日々が続いていたという。

松鳳山らと相撲を4番取ったが、久しぶりに巡業で相撲を取ったので
兄弟子の白鵬からは「大丈夫? どうした?」と驚かれたという。

3日の下関場所ではこの時点で幕内で0勝4敗と相性の悪い松鳳山と対戦し、
右からいなしての突き落としで本場所以外を含めた初めての白星を獲得。

仕上げのぶつかりげいこでは199kgの巨漢である碧山の胸を借りたが、
その様子を報道は「まるで”ちびっこ相撲”のような光景」と表現していた。

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まとめ

炎鵬は小柄で人気上昇中であるので今回は
人気力士の炎鵬について解説しました。
炎鵬は学生時代から負けず嫌いの正確ながら、中学時代は厳しい稽古と洗濯や、雑用をこなし、食事もちゃんこ3杯、米3杯を毎日食べさせられて体を作ったのである
しかし、その努力は結局成功せず現在の体型で現役を努めているのです。
炎鵬は中学を卒業し、金沢学院東高校に進み
3年の次に世界ジュニア相撲選手権大会の軽量級で優勝している。
金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科に進学すると、
1年次に西日本学生相撲新人選手権大会で優勝したことに始まり、
2年次と3年次には世界相撲選手権大会の軽量級を2連覇するなど、
全部で10個のタイトルを獲得した。
この様な学歴を経過して現在活躍中なのです。
その後、関脇に昇進してからは、小柄な体格ながら大型力士と対等に戦い
今日まで小柄な体格でも、関取としての十分な活躍をしていますね!
炎鵬は横綱の白鵬関との出会いから、四股名を付けてもらったり、将来白鵬が計画している
宮城野部屋の一員として、稽古を付けてもらっているので、将来は立派な力士に成長すろのは間違いないかと期待します。

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