大相撲

大相撲の行司 なるには!行司の意味や行司の仕事と行司給料を解説

大相撲を観戦していると、

大相撲の土俵上の花形とも言える行司さんは、一見素晴らしいと

思いますが、現実的には、非常に厳しいい世界なのです。

今回は、行司 なるには

行司の意味や

行司の仕事の内容についてと

行司給料を解説ししてまいります。

行司の意味とは

行司とは大相撲の土俵に上がった力士の

競技の進行役を務めるのが目的ですが

両方の力士が土俵に上がってから勝負が

終了するまでの進行役です。

しかしながら、勝負の最終決定権はありません。

実際の勝敗の決定権は審査員によって決定されるのですが

こんな状態は非常にまれにあります。

この、まれな状態とは、勝負の判定が難しい時に発生します。

競技が終了し、行司が勝敗を判定した時に

審判員が「まった」と称して勝負の行方を最終判断をして

勝敗の経過をマイクによって説明し勝敗を決定するのです。

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この場合、行司の勝敗が間違っていた場合には

行司の差し違えになるのです。

差し違えをした行司には一定の汚点が課せられます。

この様にならない様に行司の

勝ち力士出場の東又は西に軍配を明白にして

差し上げることによって、勝負の決定を示し、

両力士立礼の後、勝ち力士に勝ち名乗りを与えて

競技の終了を示すことになるのです。

 

 

行司になるには

行司になる条件などを解説します。

義務教育修了で19歳までの男子と定められています。

伝統的に行司は男性に限られ、女性はなれません。

 

入門試験や資格試験はありませんが、

まず、どこかの相撲部屋から推薦してもらい、

日本相撲協会の審査を経る必要があります。

そのため、行司になりたい人が最初にすることは、

どこかの相撲部屋に入ることが必須なのです。

しかし、行司の新規採用は1年に1人あるかどうかという狭き門です。

この様な狭き門を突破して、行司の新規採用が決まってからが、

大変な仕事を消化しなければならないのです。

 

相撲部屋に入ると3年間は養成期間になります。

相撲部屋の若い力士たちと雑用をこなしながら、

相撲の歴史や勝敗の見極め、

発声、相撲字の筆遣いなどを勉強しなければならないのです。

その他に、同時に初土俵を飾りつけなども

消化しなければならないのです。

以上のような細かい仕事を消化して

序の口格から順番に昇格していきます。

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力士と同じで十両格になれば一人前とみなされ、

付け人をつけることも許されます。

 

しかしながら、行司として認められても

行司として昇格してゆくには長い年月がかかります。

ですから、大相撲を愛して地道に進めるほんのわずかな人しか

成れないのが、現状なのです。

 

大相撲 行司の仕事は

行司の主となる仕事はの内容は、

土俵上において相撲の取組を

スムーズに進行させることです。

 

仕切りが制限時間いっぱいになれば「時間です」

組み合った両力士の動きが止まった時には「発気よい」

力士が技をかけても勝負がついていない時には「残った」などの
声をかけ相撲の意気を促します。

 

勝負がついたと判断した時には

勝った力士に軍配を挙げるのですが、

行司の仕事は、勝負の進行役なので

勝敗を決める最終権限はありません。

勝負の行方が微妙な時には

「物言い」と言った状態になった時に

土俵の外に控えている審判員が協議し、

判定が覆ることもあります。

その場合には、主審判員がマイクで

勝負の経過と結果を公表して勝負の行方が決定するのです。

 

他にも、

・土俵入りの先導役や翌日の取り組みの紹介

・決まり手や懸賞金の場内アナウンス

・準備作業としては、相撲字で番付表を書くこと

・勝負結果の記録

・地方巡業の事前交渉や巡業中の補佐役

など大相撲の本場所や地方巡業で裏方としても

忙しく働かなくてはなりません。
参照 大相撲の行司 なるには!行司の意味や行司の仕事と行司給料を解説
 

大相撲 行司 一覧

行司名 (かな読み)  本名 格付  所属部屋
式守 伊之助 (しきもり いのすけ)  今岡 英樹  立行司 高田川
木村 玉治郎 (きむら たまじろう)  武田 雅史  三役行司  立浪
木村 容堂 (きむら ようどう)  洞澤 裕司  三役行司  九重
木村 庄太郎 (きむら しょうたろう)  森田 善光  三役行司 春日野
木村 晃之助 (きむら こうのすけ)  小島 俊明 三役行司  九重
木村 寿之介 (きむら ひさのすけ)  波田 寿和  幕内行司  友綱
式守 勘太夫 (しきもり かんだゆう)  菊池 浩  幕内行司  宮城野
木村 元基 (きむら もとき)  岡村 浩道  幕内行司  湊
木村 秋治郎 (きむら あきじろう)  中沢 繁広  幕内行司 春日野
式守 錦太夫 (しきもり きんだゆう)  押田 裕光 幕内行司 二所ノ関
木村 銀治郎 (きむら ぎんじろう) 糸井 紀行  幕内行司  峰崎
木村 要之助 (きむら ようのすけ)  奥野 真志  幕内行司 東関
式守 鬼一郎 (しきもり きいちろう)  和智 修  幕内行司  追手風
木村 朝之助 (きむら あさのすけ)  石田 勝也  十両行司  高砂
木村 隆男 (きむら たかお)  重山 慶一郎 十両行司  田子ノ浦
木村 光之助 (きむら みつのすけ)  川原 誠  十両行司  峰崎
木村 行宏 (きむら ゆきひろ) 福永 幸敏   十両行司 玉ノ井
式守 慎之助 (しきもり しんのすけ)  水谷 洋二  十両行司 二所ノ関
木村 吉二郎 (きむら きちじろう)  西野 昌宏 十両行司  芝田山
木村 勘九郎 (きむら かんくろう)  中村 佳己 十両行司  山響
木村 千鷲 (きむら ちしゅう) 小林 亮太   十両行司 出羽海
木村 善之輔 (きむら ぜんのすけ)  木村 誠  十両行司  春日野
木村 亮輔 (きむら りょうすけ)  宮坂 亮輔  幕下行司 八角
木村 秀朗 (きむら ひであき) 森安 朗   幕下行司 千賀ノ浦
式守 一輝 (しきもり かずき) 笹井 一輝   幕下行司 荒汐
木村 悟志 (きむら さとし)  前田 悟志  幕下行司 高砂
木村 隆之助 (きむら たかのすけ)  石丸 悟  幕下行司 田子ノ浦
式守 友和 (しきもり ともかず) 新家 宏昌   幕下行司  友綱
式守 輝乃典 (しきもり きのすけ)  池上 和輝  幕下行司  佐渡ヶ嶽
式守 志豊 (しきもり しほう)  福田 仁志  幕下行司 佐渡ヶ嶽
木村 一馬 (きむら かずま)  岡田 一馬  幕下行司  峰崎
木村 錦太郎 (きむら きんたろう)  松永 颯  三段目行司  錦戸
式守 正一郎 (しきもり せいいちろう)  福田 陸斗  三段目行司  伊勢ヶ濱
木村 桜乃助 (きむら さくらのすけ)  栗原 将之介  三段目行司  式秀
式守 誠輔 (しきもり せいすけ)  齋川 幸志  序二段行司 宮城野
式守 辰之助 (しきもり たつのすけ)  水谷 恵輔  序二段行司  高田川
式守 海之助 (しきもり かいのすけ)  齊田 海斗  序二段行司  伊勢ノ海
木村 成将 (きむら なりまさ)  田島 成将  序ノ口行司 入間川
式守 友太郎 (しきもり ともたろう)  松本 海斗 序ノ口行司 友綱
木村 啓太郎 (きむら けいたろう)  秋葉 啓汰 序ノ口行司   武蔵川
木村 龍之助 (きむら りゅうのすけ)  梶田 晴人  序ノ口行司  九重
木村 俊太 (きむら しゅんた)  宇都木 俊太  序ノ口行司  錣山
木村 俊太 (きむら しゅんた)  津川 公輝 序ノ口行司  西岩
式守 昂明 (しきもり こうめい)  橋本 昂明  序ノ口行司  鳴戸
式守 衆侯 (しきもり ともきみ) 宮古 衆侯 序ノ口行司   時津風

行司の給料・年収は

行司の給料は、番付によって決まっています。

給料は日本相撲協会より支給されます。

 

月給の基本金額の一覧です。

・序の口格:1万5000円から2万円未満
・序二段格:2万円から2万9000円未満
・三段目格:2万9000円から4万2000円未満
・幕下格:4万2000円から10万円未満
・十両格:10万円から20万円未満
・幕内格:20万円から36万円未満
・三役格:36万円から40万円未満
・立行司:40万円から50万円未満です。

この月給にの他に諸手当や衣装代がつくというのが基本です。

手当については公表されておらず、詳しいことはわかりませんが、
昇格後も他企業と遜色ない年収が保証されているとみられています。

 

 

 

 


行司の苗字について解説。木村庄之助と式守伊之助の違いについて

行司の苗字と名前と言えば、

皆さんは、木村庄之助と式守伊之助の2人の名前を

ご存じかもしれませんね

では、行司の苗字はこれ以外には存在しないのでしょうか?。

この記事では、行司が名乗る苗字について。

および、木村庄之助と式守伊之助の

違いについて調べてみました。

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行司の苗字には「木村」と「式守」以外には?

大相撲における行司と言えば、

木村庄之助と式守伊之助の2人を

連想するのではないでしょうか?

では、このような行司の苗字は

「木村」と「式守」以外には存在しているでしょうか?

江戸時代までは、

相撲司家の宗家である吉田司家の他に

全国に「行司家」というものが多数存在していました。

例えば、現在残っている木村家と式守家の他に、

五条家・吉岡家・尺子家・一式家・岩井家

木瀬家・鏡山家・長瀬家・服部家などと、

その他多数の行司家が存在していました。

しかし、現在は、木村家と式守家しか存在していないのです。

行司は相撲部屋に所属する形を取っていますので、

一門や部屋によって、

木村家か式守家かが既に決まっているのです。

ですから、

入門時にどこの部屋に入ったかによって、

木村家と式守家のいずれを名乗るかが

この時点で既に決まる事になります。

行司も力士と同様に、

入門当初は自身の本名を名乗ることが多く、

年を経て経験を積んで行くにつれ、

先輩の行司名を名乗る事が許されるのです。

そして更に経験を積み重ねると、

昔からある由緒正しい行司名、

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例えば、

「木村容堂」

「式守錦太夫」などに代表される

多数ある行司名跡の中にある行司名を

名乗る事が許されるようになる訳です。

そして、そのまま三役格行司まで進み、

その後、立行司の式守伊之助、

木村庄之助と順に昇格していくことになります。

 

立行司」と、木村庄之助と式守伊之助の違いは?

行司の最高位は、立行司格であり、

この立行司は行司の横綱のようなものです。

そして、
行司の東の横綱とも言われるのが「木村庄之助」

西の横綱が「式守伊之助」という具合になります。

木村庄之助になるには、式守伊之助を経て、

木村庄之助が空席になった場合に、

式守伊之助が

次の木村庄之助に昇格するという仕組みになっています。

 

2015年3月場所で37代目の庄之助が引退し、

その位を襲名できる者がいないため、

現在、木村庄之助は空位となっています。

なお、木村庄之助の持つ軍配の房は紫、

そして装束も紫の菊綴じを着用しています。

そして、左腰には短刀を、

右腰には印籠を下げています。

行司の横綱こと木村庄之助ですが、

代々伝わっている軍配が2本あるそうで、

1本には表裏それぞれに

「知進知退 随時出処」
「冬則龍潜 夏則鳳學」

と記されているのだとか。

もう一方は白檀で出来ており、その各面に、

牡丹と唐獅子の彫金が施されているそうです。

なお、行司は軍配を右手で持つのが原則なのですが、

木村家はその握り方が手の部分が下になります。

これに対し、式守家の軍配の握り方は、

手の向きが木村家とは逆向きになるという

違いが見られます。

また、通常、木村庄之助以外の行司は

1日2番を裁くことになっていますが、

庄之助のみ、本場所においては、

結びの1番のみを裁くことになっています。

これに対し、式守伊之助の方は、

三役格行司が昇格して伊之助を襲名します。

式守伊之助の軍配の房は紫白、

装束も紫白の菊綴じを着用し、庄之助と同様に、

左腰には短刀、右腰には印籠を下げています。

伊之助が裁く番数は、

三役格行司以下と同様で、

1日2番の取組を合わせています。

また、式守伊之助にも、

代々受け継がれてきている軍配が1本ありますが、

そこに記されている文字の読み方は不明だそうです。

2019年1月13日

2017年の冬巡業における、40代式守伊之助の

セクハラ問題で不在が続いた立行司ですが、

今年の初場所から41代式守伊之助が立行司となる事になりました。

先代の伊之助は軍配差し違え等の問題がありましたが、

こうした事が起らないよう、頑張って欲しいなと思いますね。

 

まとめ:行司の苗字:木村と式守の違いについて

以上のように、
現在の行司家名は木村家と式守家のみであり、

その最高格の立行司が、
木村庄之助と式守伊之助となります。

この二者を比べると、庄之助の方が格が上になり、
両者の着衣や持ち物、所作には、
⇧⇧で解説した通り微妙な違いが見られます。

相撲を観るにあたり、式守伊之助や

今は名乗る者がいない木村庄之助にも

注目して見てみると、何か新たな発見があったり、

相撲の異なる面が見えてきて益々お相撲が楽しくなりますね。


行司のなり方や階級、ランクとは?給料や年収は、いくら位貰えるの?

大相撲の行司さんは、土俵上において

単に、取組の進行役であり

勝敗の行方を見届けて

取組の勝者を判定する役目を担っているのですが

取組の勝者を決定する権限はありません。

そこで、取組の勝者を決定する権限は

日本相撲協会の審査役が決定するのです。

行司さんは一見派手な様に見受けられがちですが

実際には、その他に熟さなければならない作業が

沢山あるのです。

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そこで、今回は、相撲と言えば、序の口から横綱までの番付を

イメージされる方も多いと思います。

こうした階級を1つずつ上がっていき、

自身のランクを上げる事が重要です。

では、行司には力士と同様に

こうした階級、ランク付けをされるのでしょうか。

実は、行司にも力士と同様に

階級、ランク付けというものがあります。

下から、

・序ノ口格
・序二段格
・三段目格
・幕下格
・十枚目格
・幕内格
・三役格
・立行司格式守伊之助
・立行司格木村庄之助

このような階級制度があります。

こうしたランクの定員ですが、

下2つである立行司格は2名と決まっていますが、

各々の格の行司数には特に規定はありません。

(ただし、立行司格が空席の場合もあります)

しかし、行司は65歳定年制で定員が45名以内、

かつ、十両格以上の定員が22名以内と決まっていますので、

いつでも誰でもなれるという訳にはいかないようです。

・行司のなり方について
・行司の階級、ランクについて
・行司の給料について

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これらの3つについて解説していきます。

行司になるには?

相撲の番付と言えば、序の口から横綱までの番付を

イメージされる方も多いと思います。

こうした階級を1つずつ上がっていき、
自身のランクを上げる事が重要なのです。

では、行司には力士と同様に

こうした階級、ランク付けをされるのでしょうか。

実は、行司にも力士と同様に
階級、ランク付けというものがあります。

下から、

・序ノ口格
・序二段格
・三段目格
・幕下格
・十枚目格
・幕内格
・三役格
・立行司格式守伊之助
・立行司格木村庄之助

このような階級制度があります。

こうしたランクの定員ですが、

下2つである立行司格は2名と決まっていますが、

各々の格の行司数には特に規定はありません。

(ただし、立行司格が空席の場合もあります)

しかし、行司は65歳定年制で定員が45名以内、

かつ、十両格以上の定員が22名以内と決まっていますので、

いつでも誰でもなれるという訳にはいかないようです。

行司へなるには、

健康面でのチェックなどで適格者と認められて、

そして、中卒以上の満19歳未満の男性という

年齢制限が設けられています。

若し、20歳以上の方々は、いくら行司になりたい

熱意があっても、成れない規則になっているのです。

厳しい・・・・・

 

行司に志願する手順を紹介します。

志願手順としては、まず、相撲部屋に所属して、

部屋から行司会と相撲協会に

推薦してもらうという形になります。

定員に空きがあり、審査を通過出来れば、

晴れて行司となれるのですが、

仮に相撲協会から行司として認められても、

初めの3年間の養成期間を経過する必要があるのです。

この間に、相撲部屋での雑用をこなしながら、

相撲の歴史や勝敗の見極め方を学び、

行司独特の発声や相撲文字などの修行を

学ばなければならないのです。

 

行司にも階級やランク付けについて

相撲と言えば、序の口から横綱までの番付について

解説いたします。

こうした階級を1つずつ上がっていき、
自身のランクを上げる事が重要ですからね。

では、行司には力士と同様に

こうした階級、ランク付けをされるのでしょうか。

実は、行司にも力士と同様に

階級、ランク付けというものがあります。

下から、

・序ノ口格
・序二段格
・三段目格
・幕下格
・十枚目格
・幕内格
・三役格
・立行司格式守伊之助
・立行司格木村庄之助

このような階級制度があります。

こうしたランクの定員ですが、

下2つである立行司格は2名と決まっていますが、

各々の格の行司数には特に規定はありません。

(ただし、立行司格が空席の場合もあります)

しかし、行司は65歳定年制で定員が45名以内、

かつ、十両格以上の定員が22名以内と決まっていますので、

いつでも誰でもなれるという訳にはいかないのです。

 

行司は、どの位の給料なのか?

行司の給料は、月給制で
「本俸」と

「衣装代」

「手当」の3つが
支給されるシステムになっています。

まず、本俸の基準額は以下の通りで、

詳細は、各人の能力・成績・勤務状況に応じて、

日本相撲協会の理事長が決定するのだそうです。

それぞれの行司格の基準額は以下のようになっています。

・序ノ口格行司(14,000~20,000円未満)
・序二段格行司(20,000~29,000円未満)
・三段目格行司(29,000~42,000円未満)
・幕下格行司 (42,000~100,000円未満)
・十枚目格行司(100,000~200,000円未満)
・幕内格行司 (200,000~360,000円未満)
・三役格行司 (360,000~400,000円未満)
・立行司   (400,000~500,000円未満)

 

序の口格行司の1万4千円というのが、
かなり厳しい世界だなと思われるかもしれませんが

もっとも、行司は相撲部屋に所属しているので、

衣食住に関して困ることはないのですが、

プライベートで使える給料はほぼ無いと言っても

過言ではない気がします。

 

また、行司格に応じて衣装代も支給されます。

・幕下以下行司(20,000)
・十枚目格行司(25,000)
・幕内格行司(30,000)
・三役格行司(40,000)
・立行司(50,000)

具体的にはこのような給料システムになっています。

 

行司が着ている艶やかな衣装の裏には
このような階級の違いによる
衣装代の上下が存在している訳です。

なお、行司各によって着用できるものに差があるそうです。

この他に手当が支給されるそうですが、
こちらも相撲協会の理事長の判断によるので、
金額ははっきりしていません。

 

まとめ:大相撲の行司について

行司のなり方ですが、中学を卒業した
19歳未満の健康に問題がない男性が、
相撲部屋へ入門し、雑用などの下積みを経て
行司会や相撲協会へ部屋から推薦してもらう形で
なる事が可能です。

また、行司にも階級やランク付けというものがあり、

・序ノ口格
・序二段格
・三段目格
・幕下格
・十枚目格
・幕内格
・三役格
・立行司格式守伊之助
・立行司格木村庄之助

この9つの階級に分かれています。

給料の面でも、衣装代や手当を除くと
十枚目格になって始めて
月収10万円というまとまった額が
得られるという仕組みになっています。

やはり相撲界の一員ですので、
階級に基づく上下関係も厳しいのです。

今後は、相撲の取組だけでなく、
行司さんの仕事や身なりなどにも、
注目してきたいものです。

これらの行司さんを理解して
大相撲観戦を楽しみましょう!


近大・元林が鳴戸部屋入門の速報!実家や出身地や家族等を調べてみた!

人気の鳴門部屋に新しく、貴景勝関を越えられる

近大・元林の入門が決定しましたので

今回は、近大・元林の入門した経過を調べてみました。

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近大・元林のプロフィール

元林健治(モトバヤシ ケンジ)
生年月日:1996年4月22日(22歳)
出身県 :大阪府東大阪市
在  籍:経営学部 経営学科 4年
身  長:176cm
体  重:168kg
得意の型:押し

得意な技:押し出し

 

近大・元林出身校

東大阪市立玉美小学校(大阪府)

東大阪市立若江中学校(大阪府)

近畿大学付属高等学校(大阪府)

 

近大・元林が鳴門部屋に入門したキッカケは

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鳴門師匠が大関時代にわんぱく相撲を観戦していた際に

「真面目で『痛い』と言わない」とほれ込んで、

元林も「師匠がまわしをつけて指導している程の

将来性を発見して、鳴門部屋に入門を決意した様です。

近大4年の元林健治は、鳴門師匠が、

自分の体のことをよく見てくれる」と、感じ

相思相愛で入門に至った様です。

やはり、師匠に直接自分を知って思いやりの気持ちで

指導して頂けるのが心に残ったのですね!

 

近大4年の元林健治の主な実績

第95回学生相撲選手権大会 個人の部 準優勝

第35回全日本大学選抜相撲宇和島大会 個人の部 優勝

第58回全国大学選抜相撲宇佐大会 個人の部 優勝

第92回西日本学生相撲選手権大会 個人の部 優勝

第78回西日本選抜学生相撲選手権大会 個人の部優勝

第43回西日本学生相撲個人体重別選手権大会 135kg以上級優勝

第43回全国学生相撲個人体重別選手権大会 135kg以上級優勝

素晴らしい実績には将来が期待できますね

大関昇進を決めた貴景勝(22)=千賀ノ浦=とは同い年である。

共に、近大のある東大阪市出身なので

貴景勝とは、わんぱく相撲の頃から知っている。

ともに押し相撲を武器とし、過去の対戦成績は2勝2敗の五分という。

「鳴戸親方のように強くなって上を目指したい。
貴景勝関のように押し一本で頑張りたい。
刺激になるし上で戦えるように頑張る」と
幕内で対戦を希望した。

 

鳴門部屋の紹介

鳴戸部屋は二所ノ関一門に所属している
日本相撲協会の相撲部屋である。

同門の田子ノ浦部屋の前身も同名(2013年まで)だったが、

系統的なつながりはない。

鳴戸親方(元大関琴欧洲)は
17年4月に部屋を創設。

鳴戸部屋
所在地 〒130-0033
東京都墨田区向島1-22-16

 

師匠鳴戸 勝紀 (なると)<委員>
しこ名 大関 琴欧洲 (ことおうしゅう)
本名 安藤 カロヤン
生年月日 昭和58年2月19日生
出身地 ブルガリア
生涯戦歴 537勝337敗63休
受賞歴 優勝1回/殊勲賞2回/敢闘賞3回/技能賞0回

2014年(平成26年)3月場所限りで現役を引退し、

年寄・琴欧洲から2015年2月に

15代鳴戸を襲名して佐渡ヶ嶽部屋の部屋付き親方として

後進の指導に当たっていた

元大関・琴欧洲が、2017年4月1日付で

2人の内弟子を連れて佐渡ヶ嶽部屋から分家独立し、

鳴戸部屋を創設した。

鳴門部屋の所属力士

三段目
西三段目九十七枚目 安齋(あんざい)

序二段
東序二段二十二枚目 本間(ほんま)
西序二段二十九枚目 欧翔山(おうしょうざん)
東序二段五十八枚目 向田(むかいだ)
西序二段九十九枚目 川村(かわむら)
東序二段百七枚目 欧樹(おうじゅ)

序ノ口
東序ノ口二十七枚目 丸勝(まるしょう)
西序ノ口二十七枚目 櫻井(さくらい)
東序ノ口二十八枚目 元林(もとばやし)
西序ノ口二十八枚目 三島(みしま)
西序ノ口三十一枚目 岩田(いわた)
東序ノ口三十二枚目 山根(やまね)

近代出身力士一覧

現役力士:〈幕内〉宝富士 大輔(平成21年卒、伊勢ヶ濱部屋)

朝乃山 英樹(平成28年卒、高砂部屋)

〈十両〉徳勝龍 誠(平成21年卒、木瀬部屋)

志摩ノ海 航洋(平成24年卒、木瀬部屋)

〈幕下〉誉富士 歓之(平成20年卒、伊勢ヶ濱部屋)

玉木 一嗣磨(平成28年卒、高砂部屋)

北勝陽 勇気(平成28年卒、八角部屋)

【出身力士】

佐々木(時津風部屋)、

朝潮(高砂親方)、

旭富士(伊勢ヶ濱親方)、

大輝皇(武蔵川部屋)、

朝頼藤(高砂部屋)、

朝乃若(高砂部屋)、

朝乃翔(高砂部屋)、

朝住吉(高砂部屋)、

小緑(阿武松部屋)、

杉田(北の湖部屋)、

吐合(北の湖部屋)、

朝陽丸(高砂部屋)、

大岩戸(八角部屋)

※現役を含め21人目となる。

【近畿大学相撲部概要】

部  長:田端 昌平(タバタ ショウヘイ)
監  督:伊東 勝人(イトウカツヒト)
創  部:大正14年(1925年)
部員数 :26人(平成31年2月現在)

主  将:元林 健治

●まとめ

今回は、近大・元林が鳴戸部屋入門の経緯や

出身地や家族等を調べてみた!


鳴戸部屋の親方は誰?鳴戸部屋を新築した場所は何処?おかみさんは?

鳴門部屋の親方は、元大関琴欧洲です。

ブルガリア出身の力士として、過去の成績は素晴らしく
莫大の人気を誇っていました。

今回は、鳴門部屋を立ち上げ、道場を新築して

多くの力士育成に努力をされています。

そんな道場で活躍する女将さんの情報等を

調べてみました。

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剣翔の高校や遠藤との関係について。所属する追手風部屋とは?

剣翔のプロフィール

<剣翔の相撲経歴>

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剣翔が相撲生活をスタートさせたが、

剣翔は、小学2年生のころ。
地元のわんぱく相撲大会に参加したが
とにかく強かった。

剣翔が相撲に強くなった原因は
祖父がお小遣いをくれるということで
相撲を始めたのでした。

剣翔は、4年生になると、
わんぱく相撲の東京都大会にも
出場するようになった。

然し、1回戦敗退。

剣翔は、お小遣いが貰えない悔しさよりも、
1回戦で負けてしまったことへの悔しさが
大きく影響して、本格的に相撲に取組み始めた。

剣翔は、地元の相撲教室へ通うようになった。

その結果1年後のわんぱく相撲大会では全国大会に出場し、
ベスト8まで躍進している。

剣翔は、中学に入ると、3年生の時に
全国都道府県別中学選手権において3位に
入る好成績を収めている。

高校は、相撲の名門校・埼玉栄高校に進学。

3年生の時には、高校総体団体優勝、

全日本ジュニア体重別選手権100キロ以上級優勝するなど

輝かしい成績を収めて充実期を迎えていた。

 

高校卒業後は、角界入りをせずに日本大学に進学

日本大学へ進学したものの、
高校の時のような活躍をすることは無かった。

活躍できなかった理由には

一つが、肘の怪我を負ってしまったこと

そしてもう一つが、

真面目に稽古に取り組まない時期があったこと。

この2つが大きく成績に、響く結果となり
高校時代のような個人タイトルを手にすることが
出来ずに4年間を終えた。

 

大学卒業後には、いよいよ角界入りするも

日本大学の1学年上には「遠藤」が居た関係で
剣翔は追手風部屋へ入門することになる。

初土俵を踏んだのが、2014年1月場所。

3月場所では、7戦全勝で序ノ口優勝、

続く5月場所でも7戦全勝で序二段優勝を果たしている。
この当たりまでは、格の違いを見せつける形となった。

7月場所では三段目で6勝1敗とし、
早くも幕下へ昇進した剣翔。

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2014年9月場所では、
東幕下42枚目において7戦全勝優勝を果たし、
番付を十両に届く位置まで一気に上げた。

すぐに十両昇進を果たすと思っていたが、

東幕下4枚目から1年以上
かかってようやく十両昇進を決めた。

2016年1月場所にて新入幕を果たした剣翔。

そこから3年間は鳴かず飛ばずの成績が続き、
十両の中位を行ったり来たりして現在にいたっています。

剣翔の改名の経緯

十両昇進と同時に、これまで本名のままだった四股名を
剣翔」と改めた。

新十両会見では「人気、実力ともに遠藤関を超えたい」と、
日大の先輩で角界きっての人気力士の兄弟子超えを宣言した。

これには同席した師匠の追手風も
「難しいことを言うなあ」と苦笑い。
それでも止まらず「1度もごちそうしたことないので、
遠藤関にごちそうしたい。大きい顔したいです」とノリノリで話した。

剣翔は兎に角負けず嫌いの性格なので、
現在角界で活躍している遠藤関を相当気にしているらしく
少しでも早く遠藤関を追い越したい気持ちが出ていますね

これを機会に是非上位進出されるよう期待します。

剣翔の所属部屋は

追手風部屋

追手風部屋師匠

所在地 〒340-0022
埼玉県草加市瀬崎5-32-22

しこ名大翔山 (だいしょうやま)
本名 山崎 直樹
生年月日 昭和41年7月7日生
出身地 石川県

四股名 大翔山 直樹
本名 山崎 直樹
生年月日 1966年7月7日(53歳)
出身 石川県鳳至郡(現鳳珠郡)穴水町
身長 181cm
体重 181kg
BMI 55.25
所属部屋 立浪部屋
得意技 左四つ、寄り、下手投げ

 

追手風所属力士一覧

幕内
西前頭二枚目 遠藤 聖大(えんどう)
西前頭三枚目 大栄翔 勇人(だいえいしょう)
西前頭九枚目 大翔鵬 清洋(だいしょうほう)

十両
東十両六枚目 剣翔 桃太郎(つるぎしょう)
西十両六枚目 翔猿 正也(とびざる)
西十両七枚目 大翔丸 翔伍(だいしょうまる)
東十両八枚目 大奄美 元規(だいあまみ)
まとめ

今回は剣翔関の紹介をしました。

剣翔は相撲に取り組んだ経緯は

身体が巨漢で相撲も強かったのだが
その理由は
相撲に勝つとから、お小遣いが貰えるのが
嬉しく頑張った様でした。

然し負けた時の悔しさもあじわっていたようです。

つまり、負けず嫌いの性格だった様です。

その結果順調と言えないながら

徐々に幕下迄苦労して関取になったのでした。

相撲の名門校・埼玉栄高校に進学そたのも

高校卒業後は、角界入りをせずに日本大学に進学。

追手風部屋に入門したのも埼玉栄高校時代に
遠藤関を追い越そうとして努力して

結局追手風部屋に入門したのにも
影響していました。

これまで本名のままだった四股名を
「剣翔」と改めました。

新十両会見では
「人気、実力ともに遠藤関を超えたい」と、
日大の先輩で角界きっての人気力士の兄弟子超えを宣言した。

これには同席した師匠の追手風も
「難しいことを言うなあ」と苦笑い。
それでも止まらず「1度もごちそうしたことないので、
遠藤関にごちそうしたい。大きい顔したいです」とノリノリで話した。

この様な理由で番付は十両六枚目で角界を
沸かせています。


大相撲の幕下力士の年収や人数や取組数は?わかり易く解説!


大相撲の番付の中には「前頭(平幕)」という
位(くらい)が存在します。

この番付の位は力士の勝率が高く且つ強い順に
区別されているのです。

今回は、前頭(平幕)に位置している力士の
情報についてわかり易く解説します。

果たして幕下とはどのような番付で、
どういった力士のことを指しているのかも解説します。

大相撲の番付「幕下」について

幕下とは、正式名称を幕下二段目と言います。

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これは、番付において十両と同様に
上から2段目に表記されることから付きました。

・横綱
・大関
・関脇
・小結
・前頭(平幕)
・十両

・幕下
・三段目
・序二段
・序ノ口

ちなみに、相撲取りの総称として、
「関取」という言葉が存在しますが、

これは十両以上の「番付の力士」を指しています。

 

幕下以下は「力士要請員」と呼ばれています。

今回紹介する「前頭」に所属している力士は

本番において前頭以下の力士や
前頭より上位の関取と対戦する事になります。

 

この組み合わせで、勝ち進んでいった場合には

さらに上位に昇進出来る可能性がありますが

実際には、中々思うような成績を収められずに

降格する可能性も大きいのです。

 

ですから、前頭の位置は夢も大きいが

滑落の可能性が多く秘められているので

大変な重要な位置と考えられます。

 

幕下力士の人数や取組数は決まってる?

それでは、幕下力士の人数や
取組の数は決まっているのでしょうか?

幕下の力士は東西で60名ずつ居り、

総計で120人の幕下力士が居ることになります。

三段目から昇進してきた人や十両から陥落した人など、

環境の入れ替わりが激しい位置とも言われ、

力士同士の競争も激しい番付です。

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なお、人数が固定なので
取組数も30と決まっています。

幕下力士の場合、取組は12日目までは隔日で、
13日目から千秋楽までの3日間は
このいずれかの日に行うため、
1人の力士が毎日取組を行うことはないのです。

 

次の組み合わせも、
2日分まとめて発表される仕組みになっています。

 

ただし千秋楽は直前の2日分と同時に発表されるため、
最後のみ3日分の発表となります。

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幕下力士の月収や年収はどれ位なのか

幕下力士の月給は
給料システムは存在しません。

 

代わりに場所手当や力士報奨金や幕下以下奨励金、
取組の勝ち数や本場所での優勝等の
様々なボーナスで収入を得ていかねばなりません。

これらの金額は、数万円に上るものから
数百円程度のものまで様々です。

 

基本的に決まっているのは、
1回7万円の場所手当が6場所分、計42万円で
それ以外は、取組での勝利が必要となります。

 

ちなみに、
幕下力士の年収は180万円程と言われていますから、
場所手当を除く140万円程を
これらのボーナスで担っていることになります。

参照:前頭の意味や給料と枚数とは?小結昇進の基準について詳しく解説!

まとめ:大相撲の幕下力士について

番付が幕下の力士の人数は120名で、
東西それぞれで60名の力士が
この番付の位置にいることになります。

 

幕下力士の取り組みは隔日に実施されるため、
取組数は原則、1日30と決まっています。

 

また、幕下力士は関取になっていないので、
一般企業のサラリーマンが貰う「月収」にあたる
給料といったものはありません。

 

ただし、全く何ももらえない訳ではなく、
年に6回の場所手当や幕下以下奨励金などを
踏まえると、およそ180万円の年収を
手にしていると考えられます。

 

幕下力士の皆さんは、現実は厳しいのですね!

頑張って早く力士に昇格されるよう願っています。!!


十両の給料、月収、年収についてわかり易く解説!

十両の給料、月収、年収について。待遇や優勝賞金はどれ位?

力士の皆さんは、頑張って相撲に専念されていますので

当然、月収や賞金を貰っています。

今回は、十両の力士さんに特化した内容

・十両の力士の月収や年収などの給料はどれ位なのか
・十両の力士の待遇はどのようなものがあるのか
・十両の力士の優勝賞金はどれ位なのか

この3つについて解説していきます。

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十両の給料、月収や年収はどれ位なのか

力士は番付が十両に昇進すると、
初めて月収に相当する給料が貰えるようになります。

給料の内容は

毎月の月収に加え、
月収2ヶ月分のボーナスも支給されるなど
一般会社員の皆さんと同じように
日本相撲協会から支給されます。

ちなみに十両の月収は100万円ほどで、
年収は1200万円程度です。

それ以外にも、懸賞金や各種手当も併せて支給されます。

その他には、
テレビ出演料などのお給料も入りますから、
実質もっと月収や年収はあるわけですね。

これ等を合計して見ると

その年収は2000万円ほどにまで上がります。

たたが、十両の力士さんでも、年収は2000万円とは

凄い金額ですね!

十両に昇進すると受けられる待遇とは?

・大銀杏(おおいちょう)を結えることが出来ます。

」・着物も袴を履く事が許されます。

・稽古の際につける「稽古回し」も付けられます。

・化粧回しの色は、黒か紫色ですが、
十両になると自色が許される待遇が受けられます。

・幕下以下では大部屋で生活してきましたが、
十両以上になれば個室が与えられる待遇も
受ける事が出来るのです。

・本場所になると、十両の力士には
締め込みや化粧廻しなどが認められます、

・他にも若手力士が付き人として
身の回りの世話をしてくれるなど、
良い環境になります。

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十両の力士がもらえる優勝賞金はどれ位なのか

本場所で優勝することでも賞金がもらえます。

十両の優勝賞金は、いくらかというと200万円です。

なお、幕内の優勝賞金となると
ぐっと増えて1000万円になりますね。

ちなみに十両で優勝するほどの成績を収めると、
番付が下位であっても、
いきなり新入幕入りを果たせる事もあります。

ただ十両の力士の実力はそれほど差がないため、
勝ち越すので精一杯という面もあり、

仮に優勝したとしても、11勝や12勝の例が多く
全勝優勝や14勝で優勝するのは簡単ではありません。

 

なお、昭和以降の全力士の中で
最も十両優勝が多いのは阿武松親方こと、
元関脇の益荒雄で、回数は5回でした。

 

他にも、昨年の夏巡業後に
引退を表明された元関脇の若の里も、
4回の十両優勝という実績を残されています。

 

十両の給料や待遇などについてのまとめ

十両の給料は、月収が100万円ほどで
懸賞金や各種手当を含めると、
その年収は2000万円程になります。

一般的に、力士は十両に昇進してはじめて
一人前の相撲取りとして認識されるため、

・大銀杏
・白色の化粧回し
・袴
・個室
・付き人

このように、待遇面でも様々な特権が
受けられる様になります。

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なお、十両の優勝賞金は200万円で
幕内力士の優勝賞金の5分の1程になります。

やはり、力士の皆さんは、最初に十両に昇進すると

ここに記載した特典が受けられるようになり

関取として認められますので大いに努力するのですね!


前頭の意味や給料と枚数とは?小結昇進の基準について詳しく解説!

相撲界で用いられる「前頭」とは、
力士の地位を表す言葉の1つなのです。

この前頭の力士の中には、

三役や横綱という地位を極める力士が
含まれているわけです。

そこでこの記事では、

・「前頭」にはどのような意味について
・前頭の力士がもらえる給料は?
・前頭の枚数はどれ位必要なのか
・前頭の力士が小結に昇進する基準は?

この4点について解説していきます。

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相撲の番付「前頭」とはどういう意味?

相撲における「前頭」とは、
力士の地位・格付けを示すものなのですが、
この言葉には2通りの意味が存在します。

番付の位(クライ)と詳細説明

・横綱
・大関
・関脇
・小結
・前頭(平幕)
・十両

・幕下
・三段目
・序二段
・序ノ口

番付の位は以上です。

まず、ここでは、
小結と十両の間に位置する全力士のことを指しています。

つまり、幕内力士の中では、
横綱、大関、関脇、小結の地位にある力士を除いた
全力士の地位(格付け)が「前頭」という訳です。

この場合の「前頭」とは、
役のついていない幕内力士ということで、
「平幕(ひらまく)」という呼び名と同義語になります。

しかし、本来、「前頭」と言う言葉は、
江戸時代の「前」相撲の「頭」という意味が
そもそもの由来となっている言葉の様です。

「役力士(横綱・大関・関脇・小結)」と
「前相撲」という番付上の両極にいる
力士の間に位置する全力士が「前頭」なのです。

つまり、平幕力士のみではなく、
十両や幕下、三段目や序二段、
そして序ノ口を含めた全ての力士が
「前頭」と言うことになります。

ですから、番付表上においては、
平幕から序ノ口の力士には、
前頭という地位名と四股名が記されています。

このように2通りの意味を有するのですが、
一般的に「前頭」という言葉は、
角界においての意味で使われるのが一般的となっています。

この記事内でも、以下においては、
角界においての「前頭」について言及します。

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前頭の力士の給料は?

それでは、前頭の力士には
どれ位の給料が支給されているのでしょうか。

前頭の力士の給料ですが、
およそ130.9万円の月給が支給されています。

他にも、本場所の成績ごとに支給される
「力士報奨金」である24万円が
年6回の本場所ごとに支払われ、
これに勝ち越しや幕内優勝、金星などで
その額も更にアップします。

また、テレビ出演をしている力士の場合だと、
その出演料を貰える事もあります。

こうした額を考慮すると、
前頭の力士がもらえる年収は
最低でも2000万円程度と言えそうです。

前頭の枚数は何枚あるの?

前頭と一口に言っても、その地位は、
「筆頭」と言われる、その中で一番上にあたる地位から、
14、15枚目など十両に一番近い地位の枚数まで
様々なものが存在します。

この前頭の枚数は、凡そ
東と西のそれぞれ15枚目くらいまであるでしょうか。

「くらいまで」という曖昧な言い方になるのは、
幕内の人数が40名以内と決まっているためなのです。

幕内全体で40名以内ですから、
横綱や三役(大関・関脇・小結)の人数によって、
前頭の人数は必然的に絶えず変化するわけです。

ですから、枚数については、
曖昧な表現になってしまうのです。

因みに、
先日終了した平成27年名古屋場所では、
東が16枚目まで、西が15枚目までありました。

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前頭の力士が小結に昇進するには?

番付が前頭の力士の中でも
関脇や小結などの「三役」経験者なのかを見ると、
その実力がある程度は分かってくるものです。

 

では、前頭の力士が、三役の一番下である
小結に昇進するための基準らしきものは
何かしら決まったものがあるのでしょうか。

 

結論から言うと、
前頭の力士が小結に昇進するための
特別な基準というものは存在しません。

 

番付は、基本的に、
勝ち1点につき番付が一枚上がる、
負け1点につき番付が1枚下がるという
基準に基づいて決まっているのです。

しかし、それぞれ力士の前後地位にいる
力士の勝ち負けの具合により、
厳密にこの決まりが適用されるとは言えず、
時の運不運があると言われています。

 

ですから、前頭筆頭で1点の勝ちであっても、
運が悪いと、半枚(西から東に移るだけ)しか
上がらなかったりするケースもあるようです。

 

逆に、筆頭の少し下でも大勝ちした場合、
小結を飛び越して、
いきなり関脇になるケースもあります。

相撲の番付「前頭」についてのまとめ

「前頭」と言っても、
筆頭から十両の1枚上の最下位の枚数までと、
その地位内でもかなり幅があるものです。

相撲の番付「前頭」には、

・小結と十両の間に位置する全力士のこと
・彼らに序の口や序二段、三段目や
幕下力士を合わせた全力士のこと

前頭の力士の給料は、130万円程の月収に
その他様々な収入を考慮すると、
2000万円程の年収を貰える事が多いです。

また、前頭の力士の人数を表す枚数は、
東西あわせて15名程で、

彼らが小結に昇進する基準については、

その力士の前後にいる者の勝ち負けの影響を
受けるため、明確な基準はありません。

横綱や大関、三役同士の力士による
取り組みでないからと気を抜かず、
前頭同士の相撲もしっかりと観戦し、
彼らの将来に期待をして、
応援していきたいものですね。


小結の語源や人数、昇進条件とは!給料や年収について、解説

相撲の地位には小結というものが存在します。

この小結というのは
一体はどのような番付なのでしょうか。

この記事では、

・「小結」という言葉の語源について
・小結には人数制限といったものがあるのか
・前頭の力士が小結に昇進するための条件
・小結の力士がもらえる給料、年収はどれ位なのか

この4点について解説していきます。

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大相撲の番付「小結」の語源とは?

 

三役の一つで、本場所の優勝争いにも
絡むことが度々ある小結の地位です。

今回は、何故「小結」と表現するのかについて解説します。

然し、残念ながら小結という言葉の由来は、はっきりしていません。

 

諸説ある中で、有名な説等には、

小結より上位に位置する関脇や大関が
それぞれ1人ずつしかいないので、
取り組みがない場合に
その次の番付の力士が
結びの一番をとったことでの由来するというものです。

 

それが「小口の結び」だったことが、
小結という言葉の語源になったと言われています。

 

他には、「小口の結び」という意味の言葉から
派生したという説もあります。

 

小口の結びは小口で始まり、
結びが終わりを意味しています。

 

相撲では小結、関脇、大関の試合を総称して
「結びの三番」と表現しますが、

その始めに行う地位を
「小結」と呼ぶようになった説も存在しています。

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小結には人数制限があるの?

東西それぞれに1人が存在している小結ですが、
実際に人数制限は明文化されているのかを解説します。

小結は最低でも、
東西で1人ずつ、いる必要がありますが、
それ以外の小結の人数制限については
特に明文化はされていません。

 

実際、過去には14回も
一度に4人の小結が
番付として発表された事もありました。

 

少なくともどちらかに1名はいるので、
東西合わせて0名になることはないんです。

 

反対に上限はなく、
もし実力に見合う力士がいれば
5人でも10人でもなることは可能なのです。

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とは言え、最近では公傷制度がなくなった事もあり、
東西に1人ずつなのが原則になっているようです。

 

小結への昇進条件とは

前頭の力士が小結に昇進するには
一体どのような条件があるのかを解説します。

 

前頭の力士が小結へ昇進するには、

すぐ下の番付である前頭のトップか

あるいは、それに近い地位で勝ち越すことが
必須条件となっています。

 

また、「幕内」と呼ばれる関脇、小結、前頭の位置の中で
上位に位置し、大きく勝ち越すことで昇進することが可能になります。

しかし反対に、小結になれたとしても
負け越せば前頭以下に陥落する可能性もあります。

 

小結は、少なくとも、
東西どちらかに1人いなければならないので、

最初に述べた条件をクリアした力士がいなければ、

それ以下の成績でも昇進できることがあります。

 

 

小結の年収や月給はどれ位?

小結の力士が月にもらえる給料ですが、

基本給と手当を合わせると

120万から150万円ほどと言われます。

この額に12をかけた額を年収とすると、

1500万円〜1800万円とかなるので、

結構高額ですね。

 

力士はこれ以外にも報奨金などが入るため、
実際の年収は2000万円を超す金額になります。

 

1回の取組で勝つだけでも報奨金がもらえますし、
懸賞金も入りますから、
強い力士ほど収入も多いわけですね。

 

 

小結についてのまとめ

小結の語源ははっきりしておらず、
大関や関脇の取組が無かった時に
小結の地位に相当する力士が
結びの一番を取った事に由来する説や、

三役の取組の総称である「結びの三番」を
一番始めに行う地位であるという説など
幾つかの説があるようです。

 

小結は最低でも東西1人は必要であり、
最近はこの状態が続いている傾向にありますが、
実際は人数制限といったものはなく、
過去に4人の小結がいた事例が14もあります。

 

また、前頭の力士が小結に昇進するには、
前頭筆頭か、それに近い地位で勝ち越す事が
その必須条件となっています。

 

そして小結が月に貰える給料は150万ほどで、
これに報奨金や三賞などを含めると、
その年収は2000万円に達する事もあります。

 

しかし、小結の言葉の由来が定かではないのに、
皆が使っている言葉になっているのが
興味深く感じます。