遠藤関

大相撲初場所2019の見どころは貴景勝に挑戦する遠藤は?

大相撲初場所2019の見どころは貴景勝に挑戦する遠藤は?
大相撲初場所2019を紹介します。

今回のみどころは、新横関に昇進たたか景勝が遠藤と初日に
対戦する事でお互いにどの様な対戦になるのか?
見どころとして、注目されます。

そして、今回は、両選手のプロフィールと来歴や取り口について
掲載しました。

これらの項目を参考にして、勝負の行方を予想するのも
楽しい相撲観戦をしてみては?




貴景勝のプロフィール

四股名 佐藤 → 貴景勝
本名 佐藤 貴信
愛称 タカノブ、芦屋の暴れん坊
生年月日 1996年8月5日(22歳)
出身 兵庫県芦屋市
身長 175㎝
体重 170kg
所属部屋 貴乃花部屋→千賀ノ浦部屋

貴景勝の来歴

貴信少年は5歳から仁川学院小学校3年次まで極真空手を習っていた。

やめた理由は、全国大会で準優勝の実績を残した時に、
決勝で受けた判定に納得がいかなかった。
判定がある競技はやりたくないと思ったい空手をやめている。

その後興味を持った相撲に転向。

3年生からは地元の道場(関西奄美相撲連盟)に通い始め、
小学校4年生から6年生の間までは芦屋の実家から東京にある
貴乃花部屋のキッズクラブまで稽古に通っていた。

小学校時代は4年次にわんぱく相撲での成績は、全国3位、5年次に2位、
6年次に3位の成績を収めていた。

小学校卒業後は相撲の強豪校のひとつである報徳学園中学校に進学し、
3年次に全国中学生相撲選手権大会に優勝し、
中学生横綱のタイトルを獲得するなどの活躍をした。

埼玉栄高校の相撲部監督である山田道紀から、勧誘され
高校進学を選んだのである。

埼玉栄高校には普通科アスリートコースに特待生として留学、
山田監督のもと関東高等学校相撲選手権大会の無差別級で2連覇。

全日本ジュニア相撲選手権大会の無差別級2連覇。他、
高校全国大会7タイトル獲得。3年次に台湾で行われた
世界ジュニア相撲選手権大会の無差別級で優勝するなど
多くの大会で抜群の成績を残している。

高校卒業後の進路はかねてより角界入門を希望しており、
プロへの気持ちが日に日に高まった」という理由で国体を待たずに、
同年9月場所で貴乃花部屋に入門し、本名を四股名にして初土俵を踏んだ。

初めて番付に名前が載った2014年11月場所は7連勝で序ノ口優勝の時である。

2015年1月場所は序二段優勝と順調に白星を重ねたのだが、

東三段目18枚目に上がった3月場所の3日目で
連勝は15で止まったが、最終成績を5勝2敗として、

続く5月場所で幕下に昇進

初の幕下で土付かずの6連勝としたが、
13日目の7番相撲で髙木(現・髙立)との相星決戦に敗れて
幕下優勝はならなかった。

9月場所でも再び土付かずの6連勝としたが、
星違いで幕内経験者の東龍に敗れて7戦全勝とならず、
6勝1敗となった8人でトーナメント形式の
優勝決定戦に出場したが、
決勝戦で千代翔馬に敗れて再び幕下優勝を逃した。

その後は西幕下7枚目まで上がった11月場所で3連勝のあと
4連敗で初めての負け越しを経験したのである。

2016年には、一旦番付を下げて、東幕下9枚目で
迎えた2016年3月場所ではみたび土付かずの6連勝。

13日目の7番相撲は幕内経験者の大岩戸との相星決戦を
叩き込みで制し、3度目に7戦全勝で幕下優勝を果たした。

場所後の番付編成会議で5月場所での新十両昇進が決定した。

場所後には、新入幕と同時にそれまで本名のままだった四股名を、
上杉景勝にちなんで「貴景勝光信(たかけいしょう・みつのぶ)」へ改名した。

2017年靖国神社奉納大相撲にて
新入幕となった2017年1月場所は、
初日から自分の相撲を取れず4連敗、
しかしそこから4連勝で星を戻したのである。

しかし9日目から3連敗を喫し、14日目に十両の大栄翔に敗れて8敗目、
千秋楽は勝利をあげたが結局7勝8敗と
新入幕勝ち越しとはならなかった。

3月場所は3勝3敗の7日目以降8勝1敗と大きく星を伸ばし、
最終的に11勝4敗で敢闘賞を受賞した。

5月場所は2場所連続となる11勝4敗の好成績。

7月場所は西前頭筆頭まで地位を伸ばした。

結局大関以上との対決ではこの場所1勝しただけで
休場した照ノ富士以外からは白星を得られず、
5勝10敗と上位陣の壁に阻まれた。
9月場所は一進一退の星取りであったが
14日目に6敗目を喫するまで優勝争いに加わっており、
最終的に9勝6敗の勝ち越し。

この場所は優勝した日馬富士から金星を獲得したことが評価され、
殊勲賞を獲得

2017年11月場所では
横綱・日馬富士、さらに稀勢の里からも金星を獲得した。

この場所は11勝4敗で殊勲賞を受賞し、
2018年1月場所での三役昇進を確定的なものとした。

7月場所は、2大関1関脇、さらに同場所好調だった
平幕「朝乃山」に勝つなど存在感を発揮し、前場所に続いて10勝5敗。

9月場所は4場所ぶりの小結に復帰し、
9勝6敗と三役で初めて勝ち越した。

2018年10月1日より、師匠貴乃花の日本相撲協会退職に伴い
自身が所属する貴乃花部屋が消滅し、
元小結・隆三杉が師匠を務める千賀ノ浦部屋に移籍。

2018年11月場所では、
初日に横綱の稀勢の里、2日目に大関の豪栄道に勝つなど6連勝と好調、

7日目に御嶽海に敗れるものの、その後も好調を維持。

14日目に優勝争いをしていた高安との直接対決には敗れたものの
千秋楽は勝利、

その千秋楽で優勝を争っていた高安が本割で敗れたため、
小結において13勝2敗の成績で幕内初優勝を果たした。

その結果、協会に貴景勝の大関昇進を諮る臨時理事会を
要請し了承されたのである。





昇進伝達式での口上は
「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、
感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進してまいります」と
口上を述べた。

大関昇進に伴い、母校の埼玉栄高校から
新しい化粧まわしが贈られた。
先輩大関豪栄道の昇進時の際も、
母校から化粧まわしが贈られていた。

貴景勝の取り口

短躯肥満の体型を活かした突き押しが持ち味で、
立合いのもろ手突きに始まりそのまま突き切るのが
貴景勝の取り口の勝ち筋とされている。

体形やリーチの短さの面から、瞬発力に難があり
長身の突き押し力士を比較的苦手としている。

貴景勝の取り口について、気が付いた点を調べてみました。

短躯肥満の体型を活かした突き押しを徹底して
今回の遠藤との戦いには、頑張って下さい!

遠藤のプロフィール

四股名 遠藤 聖大
本名 遠藤 聖大
生年月日 1990年10月19日(28歳)
出身 石川県鳳珠郡穴水町中居
身長 184cm
体重 154kg
所属部屋 追手風部屋

遠藤の来歴

幼少期の遠藤はすぐに拗ねる子であったらしいが
父親もそんな遠藤に礼儀や忍耐を身につけさせる目的で
相撲教室に参加させたのが、遠藤の相撲人生の始まりでる。

相撲が好きになったのは小学5年生の頃であり、

小学校卒業後、
相撲を続けるために12歳で親元を離れて金沢市に転住して
監督の家に下宿しながら、小学校時代も週7回稽古していたのと
同じように、相撲ばかりの毎日を過ごしていました。

西南部中学校2年次に行われた中部日本選抜中学生相撲大会では、
中学・高校で1学年上の矢鋪光太郎(のちの栃乃里)を
決勝で破り個人優勝。団体戦でも優勝を果たした。

金沢学院東高校相撲部時代は
団体・個人共に活躍し、3年次に高校相撲金沢大会と
選抜高校相撲十和田大会でそれぞれ優勝。

高校卒業後は日本大学経済学部経済学科に進み、
1年時から団体戦レギュラーとなった。

3年時の後半は怪我に苦しみ右膝の靭帯損傷により
半年近くまともない

稽古ができず、手術を避けながら稽古土俵の外で
四股を踏むしかない時期を過ごしたが
これを乗り越えて4年次には団体戦の主将を務めた。

個人戦では全日本相撲選手権大会優勝(アマチュア横綱)
および国体相撲成年個人の部A優勝(国体横綱)という
2つのビッグタイトルを取得した。

これにより、市原孝行(後の幕内力士)以来史上2人目となる
幕下10枚目格付出の資格も取得することになった。

2013年2月14日に、入門を正式表明

2013年3月20日に日本相撲協会の理事会で
幕下付出入門が承認され、3月2日に行われた
新弟子検査も無事合格している。

同年3月場所、本名の「遠藤」を四股名として初土俵を踏んだ。

5月場所後に行われた7月場所番付編成会議では新十両昇進が決まった。

千秋楽を待たずに2012年1月場所の新十両での優勝を決め、
千秋楽も勝って14勝1敗で終えた。
その結果、9月場所では新入幕する。

2016年3月場所では十両へ転落した。

2018年5月場所では小結に昇進し、新三役となりました。

遠藤の取り口

柔軟な下半身と相撲の基礎に支えられた四つ相撲を得意としているが
重心の低さや、当たりの角度、上手の位置が絶妙である。
土俵際での器用な足さばきで逆転を狙う技術も見事である。

併し乍ら、廻しが取れないと苦戦を強いられる傾向があり、
強い立合いの当たりを受けると多くの場合は
一気に土俵外へ出される傾向がある。

まとめ

今回は貴景勝と遠藤が対戦するにあたって
両力士のプロフィールと来歴や取り口について
調べてみました。

どちらにしても両力士のどちらに軍配が上がるのかは
勝負ですので、判らないと思いますが
両力士が全力で戦い、ファンを喜ばしてくれる勝負を
展開して欲しいと期待します。


貴景勝、遠藤が令和元年5月場所の初日に対戦!

令和元年 大相撲五月場所が5月12日から5月26日まで
両国・国技館にて開催されます。

令和元年に新大関の貴景勝が、重圧に耐え、遠藤と対戦します。

今回は、両力士のプロフィールと来歴及び取り口を
各々調べてみましたので、参考にして、勝負を見守りましょう!!

お互いの過去の成績は、遠藤には過去1勝1敗でした。




貴景勝のプロフィール

四股名 佐藤 → 貴景勝
本名 佐藤 貴信
愛称 タカノブ、芦屋の暴れん坊
生年月日 1996年8月5日(22歳)
出身 兵庫県芦屋市
身長 175㎝
体重 170kg
所属部屋 貴乃花部屋→千賀ノ浦部屋

貴景勝の来歴

貴信少年は5歳から仁川学院小学校3年次まで極真空手を習っていた。
やめた理由は、全国大会で準優勝の実績を残した時に、
決勝で受けた判定に納得がいかなかった。
判定がある競技はやりたくないと思ったい空手をやめている。

その後興味を持った相撲に転向。

3年生からは地元の道場(関西奄美相撲連盟)に通い始め、
小学校4年生から6年生の間までは芦屋の実家から東京にある
貴乃花部屋のキッズクラブまで稽古に通っていた。

小学校時代は4年次にわんぱく相撲での成績は、全国3位、5年次に2位、
6年次に3位の成績を収めていた。

小学校卒業後は相撲の強豪校のひとつである報徳学園中学校に進学し、
3年次に全国中学生相撲選手権大会に優勝し、
中学生横綱のタイトルを獲得するなどの活躍をした。

埼玉栄高校の相撲部監督である山田道紀から、勧誘され
高校進学を選んだのである。

埼玉栄高校には普通科アスリートコースに特待生として留学、

山田監督のもと関東高等学校相撲選手権大会の無差別級で2連覇。

全日本ジュニア相撲選手権大会の無差別級2連覇。他、
高校全国大会7タイトル獲得。3年次に台湾で行われた
世界ジュニア相撲選手権大会の無差別級で優勝するなど
多くの大会で抜群の成績を残している。

高校卒業後の進路はかねてより角界入門を希望しており、
プロへの気持ちが日に日に高まった」[6]という理由で国体を待たずに、
同年9月場所で貴乃花部屋に入門し、本名を四股名にして初土俵を踏んだ

初めて番付に名前が載った2014年11月場所は7連勝で序ノ口優勝の時である。

2015年1月場所は序二段優勝と順調に白星を重ねたのだが、

東三段目18枚目に上がった3月場所の3日目で
連勝は15で止まったが、最終成績を5勝2敗として、

続く5月場所で幕下に昇進。

初の幕下で土付かずの6連勝としたが、
13日目の7番相撲で髙木(現・髙立)との相星決戦に敗れて
幕下優勝はならなかった。

9月場所でも再び土付かずの6連勝としたが、
星違いで幕内経験者の東龍に敗れて7戦全勝とならず、
6勝1敗となった8人でトーナメント形式の
優勝決定戦に出場したが、
決勝戦で千代翔馬に敗れて再び幕下優勝を逃した。

その後は西幕下7枚目まで上がった11月場所で3連勝のあと
4連敗で初めての負け越しを経験したのである。

2016年には、一旦番付を下げて、東幕下9枚目で
迎えた2016年3月場所ではみたび土付かずの6連勝。

13日目の7番相撲は幕内経験者の大岩戸との相星決戦を

叩き込みで制し、3度目に7戦全勝で幕下優勝を果たした。

場所後の番付編成会議で5月場所での新十両昇進が決定した。

場所後には、新入幕と同時にそれまで本名のままだった四股名を、
上杉景勝にちなんで「貴景勝光信(たかけいしょう・みつのぶ)」へ改名した。




2017年靖国神社奉納大相撲にて
新入幕となった2017年1月場所は、
初日から自分の相撲を取れず4連敗、
しかしそこから4連勝で星を戻したのである。

しかし9日目から3連敗を喫し、14日目に十両の大栄翔に敗れて8敗目、
千秋楽は勝利をあげたが結局7勝8敗と
新入幕勝ち越しとはならなかった。

3月場所は3勝3敗の7日目以降8勝1敗と大きく星を伸ばし、
最終的に11勝4敗で敢闘賞を受賞した。

5月場所は2場所連続となる11勝4敗の好成績。

7月場所は西前頭筆頭まで地位を伸ばした。

結局大関以上との対決ではこの場所1勝しただけで
休場した照ノ富士以外からは白星を得られず、
5勝10敗と上位陣の壁に阻まれた。
9月場所は一進一退の星取りであったが
14日目に6敗目を喫するまで優勝争いに加わっており、
最終的に9勝6敗の勝ち越し。

この場所は優勝した日馬富士から金星を獲得したことが評価され、

殊勲賞を獲得

2017年11月場所では
横綱・日馬富士、さらに稀勢の里からも金星を獲得した。

この場所は11勝4敗で殊勲賞を受賞し、

2018年1月場所での三役昇進を確定的なものとした。

7月場所は、2大関1関脇、さらに同場所好調だった
平幕「朝乃山」に勝つなど存在感を発揮し、

前場所に続いて10勝5敗。

9月場所は4場所ぶりの小結に復帰し、

9勝6敗と三役で初めて勝ち越した。

2018年10月1日より、師匠貴乃花の日本相撲協会退職に伴い
自身が所属する貴乃花部屋が消滅し、
元小結・隆三杉が師匠を務める千賀ノ浦部屋に移籍。

2018年11月場所では、
初日に横綱の稀勢の里、2日目に大関の豪栄道に勝つなど6連勝と好調、

7日目に御嶽海に敗れるものの、その後も好調を維持。

14日目に優勝争いをしていた高安との直接対決には敗れたものの
千秋楽は勝利、

その千秋楽で優勝を争っていた高安が本割で敗れたため、

小結において13勝2敗の成績で幕内初優勝を果たした。

その結果、協会に貴景勝の大関昇進を諮る臨時理事会を
要請し了承された
のである。

昇進伝達式での口上は
「大関の名に恥じぬよう、武士道精神を重んじ、
感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進してまいります」と
口上を述べた。

大関昇進に伴い、母校の埼玉栄高校から
新しい化粧まわしが贈られた。
先輩大関豪栄道の昇進時の際も、
母校から化粧まわしが贈られていた。

貴景勝の取り口

短躯肥満の体型を活かした突き押しが持ち味で、

立合いのもろ手突きに始まりそのまま突き切るのが

貴景勝の取り口の勝ち筋とされている。

体形やリーチの短さの面から、瞬発力に難があり

長身の突き押し力士を比較的苦手としている。

貴景勝の取り口について、気が付いた点を調べてみました。

短躯肥満の体型を活かした突き押しを徹底して
今回の遠藤との戦いには、頑張って下さい!

遠藤のプロフィール

四股名 遠藤 聖大
本名 遠藤 聖大
生年月日 1990年10月19日(28歳)
出身 石川県鳳珠郡穴水町中居
身長 184cm
体重 154kg
所属部屋 追手風部屋

遠藤の来歴

幼少期の遠藤はすぐに拗ねる子であったらしいが
父親もそんな遠藤に礼儀や忍耐を身につけさせる目的で
相撲教室に参加させたのが、遠藤の相撲人生の始まりでる。

相撲が好きになったのは小学5年生の頃であり、

小学校卒業後、

相撲を続けるために12歳で親元を離れて金沢市に転住して

監督の家に下宿しながら、小学校時代も週7回稽古していた。

同じように、相撲ばかりの毎日を過ごしていました。

西南部中学校2年次に行われた中部日本選抜中学生相撲大会では、

中学・高校で1学年上の矢鋪光太郎(のちの栃乃里)を

決勝で破り個人優勝。団体戦でも優勝を果たした。

金沢学院東高校相撲部時代は

団体・個人共に活躍し、3年次に高校相撲金沢大会と

選抜高校相撲十和田大会でそれぞれ優勝。

高校卒業後は日本大学経済学部経済学科に進み、

1年時から団体戦レギュラーとなった。

3年時の後半は怪我に苦しみ右膝の靭帯損傷により

半年近くまともな稽古ができず、手術を避けながら稽古土俵の外で

四股を踏むしかない時期を過ごしたが

これを乗り越えて4年次には団体戦の主将を務めた。

個人戦では全日本相撲選手権大会優勝(アマチュア横綱)

および国体相撲成年個人の部A優勝(国体横綱)という

2つのビッグタイトルを取得した。

これにより、市原孝行(後の幕内力士)以来史上2人目となる
幕下10枚目格付出の資格も取得することになった。

2013年2月14日に、入門を正式表明、

2013年3月20日に日本相撲協会の理事会で

幕下付出入門が承認され、3月2日に行われた

新弟子検査も無事合格している。

同年3月場所、本名の「遠藤」を四股名として初土俵を踏んだ。

5月場所後に行われた7月場所番付編成会議では新十両昇進が決まった。

千秋楽を待たずに2012年1月場所の新十両での優勝を決め、

千秋楽も勝って14勝1敗で終えた。

その結果、9月場所では新入幕する。

2016年3月場所では十両へ転落した。

2018年5月場所では小結に昇進し、新三役となりました。

遠藤の取り口

柔軟な下半身と相撲の基礎に支えられた四つ相撲を得意としているが

重心の低さや、当たりの角度、上手の位置が絶妙である。

土俵際での器用な足さばきで逆転を狙う技術も見事である。

併し乍ら、廻しが取れないと苦戦を強いられる傾向があり、

強い立合いの当たりを受けると多くの場合は

一気に土俵外へ出される傾向がある。

まとめ

今回は貴景勝と遠藤が対戦するにあたって
両力士のプロフィールと来歴や取り口について
調べてみました。

どちらにしても両力士のどちらに軍配が上がるのかは
勝負ですので、判らないと思いますが
両力士が全力で戦い、ファンを喜ばしてくれる勝負を
展開して欲しいと期待します。


遠藤(力士)の名前は!四股名を変更しない理由は?

だっこちゃんで人気の遠藤関ファンの皆さん、今日は

最近の遠藤関の成績が一寸下降気味なので、心配ですね!

本日は、遠藤関の成績がどうして振るわないのか?について

調べてみましたが、若しかして名前が影響しているかも・・・・

そんな理由などについて調べてみました。

力士 遠藤のプロフィール

 

生年月日:1990年10月19日 (28歳)
出身地石川県鳳珠郡穴水町中居出身
所属部屋 追手風部屋所属
本名  遠藤聖大(エンドウショウタ)身長  184cm
体重  154kg
血液型 AB型
得意手は左四つ、突き、押し。
最高位は西小結。
締め込みは紫色、鮮やかな赤色、
金色の3本を持っている

新十両での14勝を達成
米川(後の横綱・朝潮)以来史上2人目の記録である。
この記録は実に63年ぶりである。

幕下付出から史上最速の所要3場所での新入幕はも事。
2013年12月25日、「永谷園」のお茶漬けのCMを収録した。
趣味は、好物は焼肉・チョコレート。
幼少期は父に連れられてのドライブが好きだった。
シンボルカラーはピンク。

2014年2月11日の「お姫様抱っこ企画」には
定員6人に8132件の応募が殺到するなど、女性人気が高い。

「遠藤」という四股名について

十両(関取)昇進時に本名の遠藤から四股名を付けるとしていたが
「この成績なら今場所の十両昇進は無いだろう」と思ってた矢先に
まさかの十両昇進。

四股名を用意していなかった為にとりあえず
本名の遠藤でタイミングを見て改名を予定していたが
十両昇進後から破竹の快進撃で、だっこちゃんブームでも
遠藤ブームを爆発させ人気が急上昇したので
四股名を変更するタイミングを失ってしい現座に至る。

三役昇進を果たしたら追手風部屋(現在とは系統は違う)の
元大関【清水川】を名乗る案もあった。
「遠藤」の四股名から【清水川】に変更したら、遠藤ファンは
どの様な気持ちになるのか一寸心配ですね!

大相撲の人気力士である遠藤関は

入門以来新記録となる史上最速で新入幕を果たして、
大きな脚光を浴びて大人気になっています。

「遠藤」という四股名ですが

大相撲の世界では、一般的に○○山とかの関取の四股名が有名ですが

本名が遠藤聖大ですので名字を四股名として利用しているのは
過去を調べてみると、

遠藤と同じ石川県出身の第54代横綱の輪島もその一人です。

遠藤関の過去の成績

遠藤関は膝の故障などで思うような成績は残せませんでした。

遠藤関の成績をご覧ください!

遠藤関の主な成績

2019年3月場所終了現在

通算成績
通算成績:268勝241敗30休(37場所)
幕内成績:233勝232敗30休(33場所)

三賞・金星
敢闘賞:1回(2014年1月場所)
技能賞:2回(2016年9月場所、2018年3月場所)

金星:4個
白鵬1個(2016年11月場所)
鶴竜2個(2014年5月場所、2018年1月場所)
稀勢の里1個(2017年5月場所)

各段優勝
十両優勝:1回(2013年7月場所)

遠藤関の主な成績をご覧になって如何でしたでしょうか?

遠藤関の主な成績は、大変失礼ですが
決して素晴らしい結果ではありませんが
相撲の取り口を拝見していると、土俵際の粘り強さを
発揮して今後の相撲の勝負に徹してくれば
もっと成績が向上するような気がしてなりません。

遠藤関の彼女はいるの?

かなりイケメンな印象の強いイケメン力士遠藤の
恋愛事情が気になります。

力士の中でも妙に色気のある力士に見えますが

実際には、決して女たらしの表情は全くありませんね!

むしろ、女優やグラビアアイドルとしても活躍している「磯山さやか」さんに

狙われたら流石の遠藤関も危いかもしれません

何故かプライベートでも仲が良いらしい二人は
「磯山さやか」からのアプローチで急接近したらしい

情報もありましたが、

出典:http://deai-wakare.tokyo/2016/09/23/endo/

前々から32歳までに結婚したい願望を話していた
「磯山さやか」は既に33歳です。

しかも遠藤より7歳年上ですね!

最近では、「磯山さやか」さんの猛烈プッシュだったようですが

現実では本命彼女の存在は週刊誌に報道される情報はありません。

でもこれだけにいい男なのに・・・・

彼女が居ないだなんて正直にわかには信じられません。

遠藤関の結婚には、ファンが大変気にしているので

結婚報道が待ち遠しいような気がしますが・・・・

しかしながら、あるディナーショーの質問コーナーで『彼女いますか?』

質問したら、

一応直近の情報は分かりませんでしたは15年の

質問には「『いないです。募集中です!』と話されていました。

遠藤関の怪我の状態?

遠藤,左膝ぐにゃり 負傷した取り組み~退場ノーカット
大阪場所5日目 松鳳山戦 2015.3.12大相撲

動画です。

西前頭5枚目の遠藤が土俵際で松鳳山を突き落とした際、
左膝を痛めて病院で診察を受け
「左膝靱帯損傷」などで全治2カ月と診断され、
6日目の休場が決まってしまいました。

膝半月板損傷とは

半月は膝関節の大腿骨と脛骨の間にあるC型をした
軟骨様の板で内側・外側にそれぞれがあり、
クッションとスタビライザーの役割をはたしています。
これが損傷すると、膝の曲げ伸ばしの際に
痛みやひっかかりを感じたりします。
ひどい場合には、膝に水(関節液)がたまったり、
急に膝が動かなくなる“ロッキング”という状態になり、
歩けなくなるほど痛くなります。
主典 日本整形外科学会

この怪我により

遠藤は四股を踏むことが難しくなり

15分で四股を100回踏められたのが、

インターバルを含めて30分かけなければ

できなくなってしまいました。

全治2か月と診断されても

手術はせず、なんと5月場所に出場しましたが

その結果は、6勝9敗と振るわず

更にその年の10月には怪我を益々悪化させてしまい

2015年11月場所は怪我の影響で4勝11敗

翌2016年初場所は1勝6敗8休で

翌2016年3月に十両へ陥落してしまったが

翌場所で十両で11勝4敗の成績で

一場所で幕内に復帰しました。

しかしながら、稽古はまだまだ充分に出来ず

本来の力からは程遠い状況でした。

ただその時の遠藤関に変化がありました。

それは体重です。

140kg台だった体重を154kgまで増やし

当たり負けをしなくなりました。

遠藤関は立ち合いが弱いと言われており

体重を増やすことでどの力士に対しても

当たり負けしなくなるからです。

しかしその後の戦績も

勝ち越したり負け越したりと

安定感がありませんでした。

この様に遠藤関は辛抱強く頑張っています。

怪我にも負けず頑張っている遠藤関を応援しましょう!

遠藤(力士)の名前は!四股名を変更しない理由は?のまとめ

今回は、遠藤関の四股名を何故変更しないのか
変更するタイミングが合わなかった様です。

しかしながら今更変更したら今迄の遠藤関のファンから

大分叩かれる可能性も見ええてきますね

記事の中には、遠藤関に関係した内容も掲載しました。

如何でしたでしょうか?

イケメンな遠藤関が益々上位進出出来る様に応援しませんか?

最後までお付き合い有難う御座いました。