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栃ノ心 誤審で大関の地位は?母国のジョージアの反響は?

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大相撲夏場所に於いて、

現行制度で5人目(6度目)の大関復帰を決めました!

今回は、栃ノ心がどのようにして大関復帰をしたのか

皆さんに、その内容と、大関の地位の重要性や

母国に帰った時にどのような反響があったのか

調べてみました。

栃ノ心の大関復帰の重要性について

「駆け引き」にも見える立ち合いは

どこまで許されるのだろうか?

言うまでもなく、立ち合いは互いに

合わせなければならないのは、角界では当たり前ですね

わざと突っかけたり、手をつかなかったりするのは

大変見苦しいしので、

待ったの連発は場をしらけさせてしまいます。

ただ、互いに呼吸を合わせることが難しいのも確かです。

最後の待ったなしのときは館内が静まりかえってしまい、

立ち合いは相当な集中力が求められます。

特に優勝や昇進、勝ち越しなどがかかる

終盤の大事な一番になってくると、

いつも以上に緊張感が張り詰め、

慎重になりすぎることもシバシバあります。
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立ち合いを合わせるのは大前提ではあるけれど、

勝負事でもあり、絶対に合うとは限りません。

何も考えずに立つ力士はいませんが

やはり多少の駆け引きは存在するのは、確かです。

栃ノ心の誤審の内容は?

土俵下で勝負を見守っていた関係者の情報では

土俵下でこの仕切りの駆け引きを正面審判長として

見守っていた藤島審判副部長(元大関武双山)

「本来なら格下の明生が先に手をついて

待っていなければならないのに、

あとから突こうとしていたのは事実です。

栃ノ心としては、待ったしたかったけど、

仕方なく立ったという感じとした内容は

器量の大きさが裏目に出てしまったようだ」と

判断せざるをえません。

朝乃山-栃ノ心の戦の内容を観察してみると

立ち合いから、朝乃山が出足を利かせて出ると、

栃ノ心は左で相手の頭を巻き、

俵伝いに回り込んで強引な右すくい投げを掛け

土俵際、朝乃山が早く落ちてしまい、

軍配は栃ノ心に上がった。

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10勝目を挙げて大関復帰が決まったと思い、

小さくガッツポーズも見せた栃ノ心であるが

しかし、物言いがついた。

6分を超す協議の末、栃ノ心が後退した際には、

右の踵が俵を踏み越したとして、

朝乃山の勝ちの判定をしたのだが?

館内は騒然となったのである。

物言いをつけたのは

放駒審判(元関脇玉乃島)で、

報道陣に「栃ノ心の踵が砂を

連れてきたように見えた」と、説明したのである。

後退しながら俵に乗った踵が、

一旦沈んでまた浮いた瞬間に、

砂がはねたように見えたと判断したのである。

「ただ確信はなかった。

ハラハラしたままでは嫌なので手を上げた。

ビデオ室は、上から撮っているので

分からないとのことだった。

だから

皆さんで協議してくださいと言った」と放駒審判。

悪いことも重なった。

栃ノ心が踏み越したかどうかは、

俵の外周の「蛇の目」と呼ばれる砂に

踵の跡があるかどうかを見るのが早いが、

その位置に朝乃山の手が落ちており、

「蛇の目」が乱れていて分からなかったという。

栃ノ心のかかとが俵に乗った時に

朝乃山の体はまだ残っており、

踏み越しがあれば朝乃山の勝ちであるが、

なければ栃ノ心の勝ちと判定されるべきであり

「同体取り直し」はない展開だった。

ともに前日まで優勝争いに残っている力士である為に

さらに栃ノ心は、勝てば10勝目で大関復帰が決まる大勝負。

共に大事な一戦である。

放駒審判は「皆さんで協議してくださいと言った」と。

語っていたが、皆さんはどうしたのかは不明です。

審判長だった阿武松審判部長(元関脇益荒雄)

報道陣に「大事な相撲だったので協議が長くなった。

見ていた親方は少ない」と説明した様だが

足元が見える角度にいたのは

放駒審判と湊審判(元幕内湊富士)だけである。

結局、意見は割れたが、最後はそばにいた

審判の目を優先して結論を出したと判断をしたいう。

NHKのビデオ映像の角度では、

踵が明らかに踏み越したようには、見えなかった。

栃ノ心は支度部屋で報道陣に「(テレビで)見たでしょ?

勝っていると思っていた」。

後は「あーっ」と声を上げ、ため息をつき、

目から流れるものをぬぐった。

勝った朝乃山にも、しばらく笑顔はなかった。

「(足は)分からない。

ほんとに分からなかったです。

負けたかなと思った。

止まったら負けだと思って出た」

この様に語っていました。

どの競技でも勝負に微妙な判定はつきものなので、

最終結論を判断するのは、あくまでも、

審判員の判定で、決定する規約になっています。

栃ノ心の戦績について

関脇栃ノ心が鶴竜戦で10勝目を挙げた詳細は

1969年名古屋場所から

栃ノ心は「大関は連続2場所負け越しで

関脇に降下して、いました。

然し大関復帰の規定により

翌場所10勝以上した場合に大関に復帰」の規定があります。

この規定で、過去に、大関復帰した力士は

三重ノ海、貴ノ浪、武双山、栃東(2度)。

栃ノ心は、7月の名古屋場所では、

2017年初場所以来の4大関となる。

栃ノ心の出身地

ジョージア(グルジア語: საქართველო,
ラテン文字転写: sakartvelo, 英語: Georgia)は、
南コーカサスにある共和制国家。
東ヨーロッパ、
もしくは西アジアに区分される。
首都はトビリシ。
日本では2015年4月まで政府が使用していたソビエト連邦の構成国であったが、1991年に独立した国です。

ジョージアの中でも、古都として有名なムツヘタ出身です

ムツヘタは、首都であるトビリシからは

北西に20kmの地域に位置します。

人口はわずか7,600人のムツヘタですが、

クラ川とアラグヴィ川の合流する場所であることもあり、

自然に囲まれた場所に町が広がっています。

キリスト教建造物を対象とするUNESCOの

世界遺産リスト登録物件でもあります。

すごく景観の美しい地域で

歴史を感じさせてくれる国です。

ムツヘタの歴史的建造物群は

世界遺産として登録されています。

サムタヴロ教会・修道院

ムツヘティス・ジワリ

スヴェティツホヴェリ大聖堂

ジョージアのムツヘタは素晴らしい

街並みの整た美しい街です。

栃ノ心が優勝した時の、ムツヘタの反応

栃ノ心さんは、

今はジョージアに住む家族とも別居しています。

出身国のジョージアでも祝福ムード一色のようです。

大統領、首相、外交官などみんなが

コメントを発表しています。

6月中旬にはジョージアに一時帰国します。

栃ノ心の帰国した時の、胸に秘めるのは

土俵のない母国での相撲普及。

今年に入って栃ノ心が同国政府要人と話し合い、

約2000坪の用地を提供されるプランがあるのは素敵です。

「すべては未来の子供たちのため」。

大関復帰を手土産に、胸を張って凱旋します。

●まとめ

今回は、栃ノ心が大関にフックする迄の経過について

説明しました。

特に気になったのは、大関昇進の一番大切な一番では

誤認が発生したのですが、

審判員の判定についての経過も解説しました。

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