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徳勝龍の 所属部屋はどこ?人気の理由や目撃者の情報を解説!

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徳勝龍関は、奈良県奈良市出身の力士です。

所属部屋は、木瀬部屋所属の幕内力士です。

今回は、所属部屋に所属している徳勝龍の

体格を生かした取り口や人柄等についてと

人気の秘密等について解説致します。
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德勝龍のプロフィール

基礎情報
四股名 青木 → 德勝龍
本名 青木 誠
愛称 マコ
生年月日 1986年8月22日(32歳)
出身 奈良県奈良市
(出生地は高市郡高取町)
身長 181cm
体重 184kg
BMI 56.16

学歴 小学校時代 橿原市
中学校時代 大阪府岸和田市
高校時代 明徳義塾高校
大学 近畿大学経営学部

所属部屋 木瀬部屋 → 北の湖部屋 → 木瀬部屋
ツイッター

得意技 突き・押し・寄り

德勝龍の学歴

德勝龍は、小学4年生のとき橿原市のけはや道場で相撲を始めた。

  中学からは大阪府岸和田市の右門道場へ通い、

中学卒業後は相撲の名門校でもある明徳義塾高校に進学

大学4年生のときに木瀬部屋に入門

德勝龍の来歴

小学4年生のとき橿原市のけはや道場で相撲を始めました。

中学からは大阪府岸和田市の右門道場へ通い、

中学卒業後は相撲の名門校でもある

明徳義塾高校に進学したのです。

大学4年生のときに木瀬部屋に入門し
2009年1月場所で初土俵を踏んでいます。

学生横綱でないため幕下付出が得られず、

前相撲から初土俵になったものの

序ノ口と三段目でそれぞれ各段優勝を果たし、

2009年11月場所で幕下に昇進しました。

その後も負け越しを経験しないまま

2010年3月場所では東幕下4枚目まで番付を伸ばしたが、

この場所は3勝4敗で初めての負け越しを経験しています。

2010年11月場所では自己最高位となる東幕下2枚目に昇格し

十両目前だったが1勝6敗と大敗した。

2011年1月場所から四股名を本名の青木から德勝龍に改名し、

同年9月場所で東幕下筆頭で5勝2敗で勝ち越し

11月場所での十両昇進を果たしています。

11月場所では初日から7連勝し

10勝5敗の好成績を残している。

2012年1月場所は肘の故障のため2勝13敗と

大きく負け越し、

翌3月場所では幕下に陥落(西幕下2枚目)するも

勝ち越し十両復帰を決めた。

2013年5月場所は14日目まで12勝2敗で

十両優勝はならなかったが、12勝3敗の好成績を挙げ、

2013年7月場所で新入幕(東前頭16枚目)を果たした。

2013年5月場所は14日目まで12勝2敗で琴勇輝と共に

優勝争いのトップに立ち、12勝3敗の好成績を挙げ、

2013年7月場所で新入幕(東前頭16枚目)を果たした。

2014年5月場所では自己最高位となる

西前頭7枚目に番付を上げたが、

6勝9敗と負け越し。

2014年7月場所も4勝11敗と大敗して、

9月場所では十両への陥落を余儀なくされた。

自己最高位となる西十両3枚目まで番付を上げるも、

6勝9敗と負け超した。

しかしこの場所では12勝3敗と全勝優勝を達成した1場所で復帰。

2015年1月場所は、

11勝4敗の好成績で自身初めての幕内での2桁勝利、

以降も自己最高位を西前頭4枚目まで更新するなど

概ね好調な1年であった。

2016年6月に結婚
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しかし、2016年の3月場所を除いてすべて負け越し、

5月場所から4場所連続負け越しと大きく調子を落とした年であった。

2017年1月場所は十両8枚目まで番付を落として臨んだ。

2017年1月場所の3日目までに2敗を喫するが、

そこから9連勝と波に乗り、

12日目終了時点では優勝争いの単独トップに躍り出た。

それでも昨年の3月場所以来となる勝ち越しとなる

11勝を挙げ、復活を印象付けた。

番付運に恵まれ、

2017年3月場所は西前頭15枚目と再入幕を果たした。

この場所は前半から好調で、11日目に8勝目を挙げ勝ち越しを決めた。

しかしそこから4連敗で勝ち越し一つに留まった。

2017年5月場所も10日目までに7勝を挙げて勝ち越しに

結局8勝7敗で勝ち越しは一つだった。

德勝龍の戦歴

過去六場所の星取表

平成三十年七月場所 東十両九枚目 徳勝龍 誠 7勝8敗

平成三十年九月場所 東十両十一枚目 徳勝龍 誠 11勝4敗 十両優勝

平成三十年十一月場所 西十両三枚目 徳勝龍 誠 7勝8敗

平成三十一年一月場所 西十両四枚目 徳勝龍 誠 7勝8敗

平成三十一年三月場所 西十両四枚目 徳勝龍 誠 9勝6敗

令和元年五月場所 東前頭十四枚目 徳勝龍 誠 4勝11敗

結婚に関して

徳勝龍は、2016年6月に結婚しました。

本人の意向により相手は非公表)

とされていますので、相手の方の

千恵夫人当時(30歳)と結婚した事が判りました。

17年3月の春場所前には幕内復帰の可能性も含め

十両陥落となった徳勝龍を内助の功で支えた事が

結婚への決め手となったようです。

披露宴には同年の稀勢の里ら始め350人の力士らが

勢ぞろいした豪華な披露宴となったようです。

しかし、力士の嫁となった千恵さんの顔が非公開なのが

かなり珍しいように思われます。

盛大な力士の披露宴や婚約発表にはお決まりの

花嫁のお披露目をするのが恒例の力士の中で

婦人となった千恵さんの意向らしく

非公開となったのですが、婦人となった千恵さんは

内気の性格なのでしょうか?

徳勝龍の所属部屋について

徳勝龍は出羽海一門である

木瀬部屋に所属しています。

師匠は木瀬親方(元前頭・肥後ノ海)

徳勝龍は、大学4年生のときに木瀬部屋に入門し

2009年1月場所で初土俵を踏んでいます。

基本的にこの部屋に所属しています。

「基本的に」という意味は、

一時、木瀬部屋は閉鎖され、

所属力士が北の湖部屋へ移籍するという

珍しい事態が起こったからの出来事です。

つまり、徳勝龍は一時的に

北の湖部屋にも所属していましたが

2009年7月場所において、

反社会的勢力の人たちが、

一般の人は入手できない維持員席で

観戦していた問題が発覚した事件がありました。

日本相撲協会は彼らの整理券の確保に

関与したとされた木瀬親方に対して、

役職を降格する処分と、

木瀬部屋の所属力士を

出羽海一門預かりとする処分を

決定するという事態が起こりました。

これにより木瀬部屋は閉鎖。

同年5月29日に木瀬親方と

部屋所属力士27人は、

同じ出羽海一門に所属する力士は

北の湖部屋へ移籍することとなりました。

ですが、2012年3月場所中に行われた

日本相撲協会理事会において、

木瀬部屋の閉鎖処分が解除され、

木瀬部屋は再開し、今日に至っています。

徳勝龍が「壊し屋」と呼ばれる理由について解説

徳勝龍は相撲愛好家の間では

「壊し屋」という、イメージの良くない

あだ名でも知られているのです。

その理由は

過去に何人もの力士がいるからです。

彼との取り組みで怪我をして、しまって

休場を余儀なくされてしまった力士は

ざっと名前を挙げてみます

・里山
・栃ノ心
・遠藤
・琴勇輝
・照ノ富士
・土佐豊
・安美錦

などの力士の皆さんがいます。

人気力士や、後の大関を含む

3役以上経験者も何人もいるのも

気になります。

人気力士遠藤を初休場させてしまったり

土佐豊には怪我で幕下まで落ちながら

苦労して再入幕した初日に怪我をさせてしまったり

3役経験者でもある栃ノ心を幕下まで

陥落させる程の休場させる怪我をさせたり

この様に相手力士に、怪我をさせてしまった結果は

悪い意味で印象に残るものが多いのも、この「壊し屋」と

いうあだ名に、繋がってしまっているようです。

相撲にケガはつきものですが、

いくらなんでも多すぎる、というのが

大方の相撲愛好家の見方では無いかと思われます。

その要因として、

徳勝龍が勝負がつきそうなきわどい部分で、

相手を怪我させないための、配慮や技術が

不足しているのではないかというという指摘もあります。

一般の力士は、この配慮と技術を持っているからこそ、

ここまでの頻度で、ケガを相手に、負わせることはないとも

言えるのではないでしょうか?

徳勝龍の人気について解説

徳勝龍はネットやツイッターで異様な人気があるらしい

角界でも181㎝の180㎏の巨体の徳勝龍は

たんそくで顔も特徴ある大きさから”せんとくん

的な呼び名もついているらしいのだが

せんと君は何故か化粧まわしがせんとくん

マワシを持っているから

せんとくん』呼ばれているみたいです。

そんなことがツイッターで人気の理由になるの?

って感じですよね。

まとめ

今回は、徳勝龍の 所属部屋なのか

徳勝龍の所属部屋は、出羽海一門の

木瀬部屋ですが、

かつては同じ一門の北の湖部屋に

所属していた事もあるのです。

人気の理由や目撃者の情報を解説しました。

今後は相手を思いやる相撲と地力の向上で、

3役以上への昇進を果たす事によって

ネットで話題になるだけでなく、

まぎれもない実力派の力士として

有名になって貰いたいですね。

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