高見盛の嫁が来ない理由は?家族にも関係してるの!

現役時代、土俵入りの際のパフォーマンスが独特なので注目を集めた

元・高見盛関は、ロボコップの愛称で知られるようになりました。

現在は、振分親方として、後進の指導にあたったり、

多方面のバラエティ番組に出演したりコマーシャルにも出演したりして

人気を集めています。

今回は、高見盛関プライベートについてや
家族や結婚などについて調べてみました!




高見盛のプロフィール

四股名 高見盛 精彦
本名 加藤 精彦
愛称 カトちゃん、たかみー、角界のロボコップ、振分親方、
生年月日 1976年5月12日
出身 青森県北津軽郡板柳町福野田常盤
身長 188cm
体重 145kg
BMI 41.03
所属部屋 東関部屋
得意技 右四つ、寄り、後ろもたれ
家族は父、母、兄2人

高見盛は、相撲を板柳北小学校の4年生頃から始めた。
小学校の頃はいじめられっ子だった様です。

相撲を始めたきっかけは、小学校の担任の先生から

「相撲部に入らなければ給食をおかわりさせないぞ!」と
叱責されたことから始めた様です。

以来、大相撲現役時代と同じここ一番の勝負強さで

中学横綱、国体少年の部優勝、

全日本選手権優勝(アマチュア横綱)の

実績を重ねたのです。

元・高見盛関の素顔は?家族構成は?

学生の頃も勉強の成績は全然よくなかったし、

会計もろくすっぽ理解できないと思うので、

独立して部屋を持ちたいとは思いません。」と認識していました

自叙伝を発行した時に「文章は苦手」との感想を漏らした。

家族は父、母、兄2人の家族です。

高見盛の来歴

ここからはWikiを参照しました。

弘前実業高校を経て日本大学経済学部を卒業。

1999年3月場所 – 幕下付出で初土俵。四股名は本名と同じ加藤 精彦。

2000年1月場所 – 十両昇進、四股名を高見盛 精彦に改める。

2000年3月場所 – 初めて髷を結う。

2000年7月場所 – 新入幕。10勝5敗と二桁勝利を挙げて敢闘賞を受賞。

2000年9月場所 – 初めて大銀杏を結って土俵に上がり、
念願であった部屋の横綱・曙の土俵入りで露払いを
務めたが、3日目の若の里戦で
右膝前十字靱帯を断裂し途中休場

2000年11月場所と2001年1月場所を全休し、
幕下東筆頭まで番付を落とす。
三賞受賞から1年以内に幕下に陥落するのは史上初。

2001年11月場所 – 十両に復帰。

2002年1月場所 – 12勝3敗の好成績を挙げ、
霜鳥との優勝決定戦に出場して、勝利して十両優勝。

2002年3月場所 – 幕内に復帰し「気合入れ」を始める。

2002年9月場所 – 小結昇進。

2003年11月17日 – 日本相撲協会のアンケートで
好きな力士1位に選ばれる。

2004年7月6日 – 7月場所3日目、同郷の先輩・追風海戦で

幕内では初めて「後ろもたれ」の珍しい決まり手で白星をあげる。

幕下時代の2001年3月場所5日目には田中に後ろもたれで敗れている。

2005年7月場所 – 2003年1月場所以来、
15場所ぶりに10勝5敗と二桁勝利をあげる。

2005年9月場所 – 途中休場の朝赤龍に代わって

横綱・朝青龍の土俵入りで太刀持ちを務めるが、

最初の日に太刀を天井にぶつけてしまう。

2007年7月場所 – 久々に横綱大関戦が組まれる前頭4枚目に
番付を上げ(横綱・朝青龍とは3年ぶりの対戦)、
朝青龍・白鵬との対戦が組まれたが、
どちらにもあっさり敗れてしまった。
この場所は3勝12敗と、11場所ぶりに
二桁黒星を喫したが、10日目に大関・魁皇に勝っている。

2007年11月場所 – 初日から3連勝と好調であったが、
4日目の嘉風戦で足首をケガをし
翌日から休場。
しかし11日目より再出場し十両陥落を免れる。

2008年3月場所 – 初日から好調であり9日目で皇司を破り勝ち越し。

三賞候補にあがったが千秋楽に敗れ10勝5敗で

三賞は見送られた。

2011年9月場所 – 十両に陥落。

2013年1月場所 – 東十両12枚目の地位で5日目から

7連敗して11日目に負け越しが決まった。

千秋楽を白星で終えたが、5勝10敗と

幕下陥落が決定的になり引退。

高見盛は、2013年1月場所は幕下陥落の危機が

囁かれる中で土俵に上がり、

肩の故障を抱えながら奮闘したものの、

12日目に9敗目を喫した時点で幕下陥落が決定的となった。

そして千秋楽に若荒雄を下して5勝10敗として

有終の美を飾り、現役引退を表明したのである。




高見盛の四股名の由来

大学卒業後1999年3月場所に幕下付出で初土俵の時に

四股名は本名と同じ加藤 精彦
を使用していたが

2000年1月、十両に昇進した際“高見盛”に改名しています。

命名者は師匠の先代東関親方(元関脇・高見山)である。

先代東関親方は
「部屋が盛んになるように」との願いを込めたという。

元・高見盛関の結婚は?嫁はいるの?

高見盛は未だ、結婚していません

高見盛として現役だった時代は、

派手な気合の入れ方から“ロボコップ”の

愛称で親しまれた振分親方(43)。

引退から約8年、今年5月で43歳になる

彼の最大の目標は“嫁取り”に興味があります。

高見盛は”結婚はしたい”です。と言っていますが

でも、結婚って縁ですから。

現役のときは相撲を取るので精いっぱいで

引退しても、相撲協会や部屋の仕事を等を、消化するのに、必死です。

高見盛に家族のは、 兄2人が結婚しているので、

親はあまり干渉していないようですが、

後援会の方とかからよく突っ込まれます。

好きなタイプですか?
話が合い、一緒にいて楽しくなりそうな人が好みの様です。

「2カ月に1回ぐらいのペースで、
後援会の有力者たちがお見合い話を持ってきてくれているのです。
親方も『何としても40歳までには身を固めたい!』と
気合十分なのだそうですが……」

‘03年には、テレビ番組の共演で知り合った、
さとう珠緒(42)と2人きりで食事。
初デートで燃え上がる高見盛だが、
彼女との2度目はなく、あっけない結末を迎えた。
好きな芸能人はHKT48の指原莉乃(22)と公言し、
面食いを自他ともに認める親方。
いったいどんな女性たちが、お見合い相手なのか……。

「親方の故郷・青森県の社長令嬢、
それに一部上場企業の役員のお嬢さんで
有名私大に通う女子大生だそうです。
本格的に婚活を始めて2年、
親方がお見合いした女性は14人と聞いています。
しかしその誰ともうまくいかず、
目下のところ14連敗中だそうです」(前出・相撲関係者)

親方に黒星を着けた女性たちからのお断りは、
「私には(相撲部屋の)女将さんになる自信がありません」と
いうものが多いという。相撲関係者が続ける。

「親方は、親しい記者に『こちらに決めればあちらが立たない。
後援者の顔を立てなきゃいけないので、
本当に相手を選ぶのが難しいんだよ』と
見合いが成立しない理由を言い訳していました。
でも本当は真面目で超オクテなため
女性たちと会話がかみ合わず、フラれてしまっているようです」

青森県に住む親方の母・加藤寿子さん(66)に取材すると、

こんな嘆き節を……。

「“結婚するよ”という報告が全くないんで、
私も正直言ってやきもきしているんですよ。
早く、良い知らせが来ないかなあって。
現役時代の相撲も不器用な取り口でしたけれど、
それ以上に(女性との)交際は、
不器用ですから。心配で、心配で仕方ありません……」

参照;http://news.livedoor.com/article/detail/9900759/

まとめ

今回は、高見盛の結婚について調べてみました。
現在は、振分け親方として各方面に活躍されてい有る各界の人気者です。
ファンとしては、結婚について大変興味があるのですが
残念ながら、目下花嫁さんを募集中の様です。

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