志摩ノ海の成績は両親は?結婚しているのか調べてみました!

志摩関は大相撲の中で将来を期待される力士の一人です。

そんな、志摩関は、入門以来順調に成長して

東十両筆頭の位置で頑張っています。

今回は、志摩関が結婚しているのか?
そして両親の情報も調べてみました。

同時に、所属している部屋の情報も調べてみました。

志摩関を応援しているファンの皆様の参考に成れば
幸甚です。

志摩ノ海のプロフィール

志摩ノ海関は和具中学校(現:志摩中学校)卒業

小学校3年から中学校3年まで相撲の他に野球をやっていたが、
相撲が大好きで、基礎トレーニングのみをしていた。

中学卒業後は高校相撲の名門明徳義塾高校に進学、

その後近畿大学経営学部に進学。

大学時代は西日本学生相撲新人選手権大会で
早速団体・個人共に優勝しています。

その後も団体戦レギュラーとなり、3年が経過
全国学生相撲選手権大会で団体優勝などの活躍をした。

しかし個人戦では優勝の実績は少なかったので、
大学在学中には大相撲の幕下付出資格を
取得することができなかった。

四股名 濱口 → 志摩ノ海
本名 濱口 航洋
愛称 コウヨウ
生年月日 1989年7月11日(29歳)
出身 三重県志摩市志摩町和具
身長 177.0cm
体重 165.0kg
BMI 52.67
所属部屋 木瀬部屋
成績 現在の番付 東十両筆頭
最高位 東十両筆頭
生涯戦歴 199勝115敗37休(42場所)
優勝 十両優勝2回
三段目優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回・志摩ノ海の来歴

木瀬部屋に入門して2012年5月場所に初土俵を踏んでいます。

初めて番付に名前が載った同年7月場所である。

初土俵では、7戦全勝として序ノ口優勝決定戦で
岩崎との同部屋決戦に臨んだが、敗れて優勝はできなかった。

その結果、序二段に昇格した後
9月場所でも7戦全勝としたが、
またもや岩崎との優勝決定戦に敗れ、
2場所続けて各段優勝を逃した。

三段目に昇格した11月場所はでは、
2日目に貴月芳に敗れて初土俵からの
連勝記録は14でストップした。

三段目2場所目となった翌2013年1月場所では
また1番相撲から連勝が続き、土付かずの7戦全勝を果たした。

この場所では、他に三段目で7戦全勝を達成したものは居なかったので、
優勝決定戦は行われず初の各段優勝が決まった。

同年3月場所は、この大健闘により、全勝すれば翌場所に
十両昇進が可能とされる幕下15枚目以内の番付まで一気に躍進。

7月場所では西幕下4枚目とついに関取昇進も目前の
番付まで上がったが、
7日目(4番相撲)の千代丸戦で敗れた際に
左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまい
9日目から途中休場することになってしまった

翌9月場所以降も、怪我が治らずに休場を続けた。

2014年7月場所で土俵復帰したが、
番付は序ノ口まで転落。
この場所では、7戦全勝で序ノ口優勝を果たした。
翌9月場所も序二段優勝を果たした。

三段目に復帰した翌11月場所では3日目の
3番相撲で元幕内の大喜鵬に敗れ、
翌2015年1月場所で幕下に復帰。

2016年1月場所では6勝1敗で幕下の優勝決定戦に進出し、
1回戦で同部屋の宇良と対戦した。

5月場所では東幕下5枚目では、
千秋楽の元十両・竜電戦で勝ち越して4勝3敗と、
通常ならば幕下に留め置かれる成績だったが、
十両下位及び幕下上位に負け越した力士が多かった関係で
場所後の新十両が決定した。

このタイミングで師匠・木村瀬平の現役時代の四股名肥後ノ海にちなみ、
「志摩ノ海」に改めました。

十両昇進後、志摩ノ海は復帰するまでの稽古や
トレーニングについて「自由にやらせてくれた」と
木瀬に感謝するコメントを残しており

7月場所は中日まで4勝3敗と一進一退であったが、
9日目から8連敗して4勝11敗と大敗を喫し、
幕下からの出直しを余儀なくされた。

その後も幕下15枚目以内の番付を維持し、
2017年5月場所では西幕下5枚目の番付で
5勝2敗の成績を挙げるが、

この場所では十両下位で負け越して幕下陥落が見込まれる
力士が2人しかいなかったのに対し、
東幕下筆頭の阿炎が5勝2敗

西幕下2枚目の岩崎が6勝1敗と志摩ノ海の成績を
上回った関係上、翌7月場所は西幕下2枚目に留まって
3勝4敗と負け越し。

西幕下5枚目で5勝2敗と勝ち越したが、
またしても2017年5月場所と同様の事態が発生し、
翌11月場所では西幕下3枚目に留め置かれた。

以降は勝ち越しを続け、西幕下2枚目で迎えた
2018年1月場所で5勝2敗の成績を修め、
場所後の番付編成会議で10場所ぶりの
十両復帰が決まった。

十両復帰の3月場所は、
自己最高位を更新する西十両11枚目の番付で迎えた。
中日までに2勝6敗と苦しい星勘定だったが、
中日以降は見違えるような相撲で7連勝とし、
9勝6敗の成績で十両で初めて勝ち越した。

9月場所は、中日まで3勝5敗。
この場所は5勝10敗と成績が付いて行けなかった。

2019年1月場所と3月場所は連続で十両優勝。

2場所連続の十両優勝は、
2014年7月場所から9月場所の栃ノ心に続き平成で9人目である。

ここまで順調ではなく、怪我と勝負に戦いながらも
現在は、東十両筆頭で頑張っています。

木瀬部屋とは

木瀬部屋は日本相撲協会所属で出羽海一門の相撲部屋。

かつて伊勢ヶ濱一門(旧・伊勢ヶ濱一門)にも同名の部屋が存在しいましたが、
系統的つながりはありません。

2018年現在、最も多くの力士が在籍する相撲部屋である。

所在地
東京都墨田区立川一丁目16番8号

マップ

都営地下鉄大江戸線、都営地下鉄新宿線各森下駅徒歩5分

師匠木村 瀬平 (きせ)<委員>
11代:木村瀬平しこ名 前頭筆頭 肥後ノ海 (ひごのうみ)
本名 坂本 直人
生年月日 昭和44年9月23日生
出身地 熊本県
生涯戦歴 407勝476敗80休
受賞歴 優勝0回/殊勲賞0回/敢闘賞0回/技能賞0回

力士
十両
東十両筆頭 志摩ノ海 航洋(しまのうみ)
西十両四枚目 徳勝龍 誠(とくしょうりゅう)
東十両八枚目 臥牙丸 勝(ががまる)
西十両九枚目 明瀬山 光彦(あきせやま)
東十両十枚目 英乃海 拓也(ひでのうみ)
東十両十四枚目 大成道 喜悌(だいせいどう)
幕下
東幕下三枚目 常幸龍(じょうこうりゅう)
東幕下五枚目 美ノ海(ちゅらのうみ)
西幕下六枚目 徳真鵬(とくしんほう)
東幕下七枚目 木崎海(きざきうみ)
東幕下九枚目 希善龍(きぜんりゅう)
西幕下十枚目 芝(しば)
東幕下十六枚目 古場(こば)
西幕下十九枚目 田邉(たなべ)
西幕下二十七枚目 禧勢岳(きせおか)
西幕下三十四枚目 肥後ノ城(ひごのじょう)
西幕下三十六枚目 宇良(うら)
西幕下三十八枚目 つる林(つるばやし)
西幕下四十一枚目 高立(たかりゅう)
東幕下四十四枚目 井上(いのうえ)
東幕下五十八枚目 肥後嵐(ひごあらし)
西幕下六十枚目 佐々木山(ささきやま)
三段目
東三段目十三枚目 剛竜(ごうりゅう)
西三段目二十四枚目 鳩岡(はとおか)
東三段目二十八枚目 南海力(なんかいりき)
東三段目三十二枚目 駒木龍(こまきりゅう)
東三段目四十七枚目 周志(しゅうじ)
序二段
西序二段二十五枚目 蓮台山(れんだいやま)
東序二段三十五枚目 白瀬山(しらせやま)
西序二段四十七枚目 肥後乃双(ひごのそう)
東序二段五十三枚目 肥後ノ龍(ひごのりゅう)
東序二段七十九枚目 浜美龍(はまみりゅう)
西序二段九十五枚目 最上錦(もがみにしき)
西序二段百一枚目 福田(ふくだ)
序ノ口
東序ノ口九枚目 大志龍(だいしりゅう)
西序ノ口二十四枚目 肥後光(ひごひかり)

志摩関の両親は

志摩関の両親について調べてみました。

お父さんの名前は濱口 幸康さんです。

残念ながら平成21年4月に54才で亡くなられて居ます。

志摩関のお父さんは、相撲が大好きなお父さんでした。

志摩ノ海が子供の頃には、いつもテレビで相撲を

一緒に見て楽しんでいたことを記憶に残っている様です。

志摩関のお母さんの名前は恵子さん(57才)です。

以前は保育士のお仕事をされていたそうです。

志摩ノ海は2人兄弟で、お兄さんがいます。

お兄さんは、裕さん(34才)で、
現在は会社員をされているそうです。

男の兄弟2人兄弟だったので、

子供の頃は一緒に暴れまわって遊んでいたそうです。

男兄弟というのは結構やんちゃ同士だったので

さぞかし、お父さんを困らせたのかも知れませんね!

志摩の海関は結婚しているの?

志摩関はもう直ぐ30歳になろうとしています。

男30歳は結婚してもよい年頃かも知れませんが

ネット情報を調べてみましたが、残念ながら

見当たりませんでした。

結婚適齢期?なので、結婚の情報が楽しみです!

まとめ:志摩ノ海の成績は両親は?結婚しているのか調べてみました!

志摩の海関は目下大相撲で大活躍の力士です。
今回調べた内容は、志摩関の両親の情報と結婚情報を
調べた内容を掲載いたしました。
志摩関はこれから益々強くなって大関・横綱を目指して

頑張って欲しいと思い今後も応援したいですね!

最後までお付き合い有難う御座いました。

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