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阿武咲【おうのしょう】の読み方は、由来は、家族構成は?私生活を解説

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大相撲業界の中で大変読み難い四股名に阿武咲【おうのしょう】を
発見しました。相撲ファンの皆さんは漢字を見ただけでは
なかなか正確に読めないのではないでしょうか

今回は読みにくい四股名の阿武咲【おうのしょう】の正確な
読み方と阿武咲の四股名の由来や家族構成は?私生活や趣味について
調べてみましたので解説致しました。




1 阿武咲のプロフィール

四股名 阿武咲
本名 打越 奎也
生年月日 1996年7月4日(22歳)
出身 青森県北津軽郡中泊町
身長 176cm
体重 163kg
BMI 52.62
所属部屋 阿武松部屋
得意技 突き・押し

阿武咲の来歴

祖父の勧めで5歳から相撲を始め、地元の中里道場に通って力をつけ
中里小学校6年次に全日本小学生相撲優勝大会で優勝。

中里中学校進学後は2年次と3年次に
全国都道府県中学生相撲選手権大会の無差別級で、
大会史上初の2連覇を達成

雪国の生まれとあってウインタースポーツが得意。
スキー、スノーボードもかなりの腕前で
「昔から体重の割に動きが速く、バネがあるのはそのおかげ」だという

子供の頃はやんちゃであったという

アマチュア時代は厳格な父から1週間で5kg増量することを
命じられたり、腕立て伏せと縄跳びを1日に1000回やらされたりしたが、
父と競いながら稽古をしていた。

中学卒業後は三本木農業高校に進学。
1年生ながら全国高校相撲宇佐大会と国体相撲少年の部で優勝し、

団体戦でも選抜高校相撲十和田大会優勝に貢献するなど、

実力を遺憾なく発揮して自信を深めたため、
卒業を待たずに角界入りすることを決意したのである。

高校を11月に中途退学して、
小学生の頃から道場時代の監督と部屋所属だった
元十両・古市が大学の同期という縁で

稽古の交流があったので阿武松部屋(関脇・益荒雄)に入門し、
2013年1月場所で初土俵を踏んだ。

打越 奎也は入門に関して「あえて厳しい部屋を選んだようです。

相撲界に入門するには
まず、どこかの部屋に入門して相撲の初歩から勉強しないと
角界に昇進出来ない規則になっていますので
打越 奎也は、阿武松部屋に入門したのです。

打越 奎也は今迄の父親から受けた特訓と今迄の力量に相当の
自信があったので、この様な道を選んだのでしょうね

小学生の頃から土俵の上では良きライバルである。

「大好きな先輩「徳勝龍」。

小さい頃から、お兄ちゃんのような存在だった」という
親しい間柄です。

徳勝龍は、同じ近大相撲部で同学年の宝富士が故郷の
青森に帰省した時に同行。
そこで少年時代の阿武咲に稽古をつけてくれた。

2017年5月場所12日目には徳勝龍を破って勝ち越しを決めて
恩返しを果たしている。

2017年7月場所は先場所より2日早い10日目で勝ち越しを決めたが、
その相手は又もや徳勝龍であった。

貴景勝とは親友であり、巡業では昼休憩になると
2人仲良く裸になって一緒に寝そべって、携帯電話で遊んでいた
経緯がありました。

しかし小学生の頃から土俵の上では良きライバルである。

貴景勝については、最初はふてぶてしいので大嫌いであったため
口も聞かなかったが、
2014年11月場所前に出稽古に行ったときに

初めて喋ったのがきっかけで友達になったと語っていたが、

「強い人とやると、食ってやろう、と思う。強い人の方が燃える」




阿武咲の本名と読み方は?

『おうのしょう』これが阿武咲の読み方です。

確かになかなか読めませんね

本名もなかなか難しいですが紹介します!

本名の打越 奎也は  『うてつふみや』と読みます。

こちらも難しい!

『奎』こちらの意味はを調べてみると

二十八宿の一。西方の第一宿。
アンドロメダ座から魚座にまたがる一六星をさすらしいですが
難しいですね

阿武咲の生い立ちと素顔を紹介

阿武咲は勝負が好き、と発言している根っからの
勝負師な性格なので負けず嫌いの性格です

負けず嫌いで、強い相手と対戦するのが楽しいという強者です!

現在の阿武松部屋に決めた理由は

”厳しい部屋だったから”

20年前後しかない力士人生を無駄にしないために
「濃い」時間を作りたいと選んだんですね。

将来の横綱候補と言ってもいいくらいの心持ちの人です!

場所中は負けても口数が少なく、表情の変化もないので
真面目な人かな?と一瞬思うのですが

趣味や好きなことは、20代の男子と変わらない
一面を持っています。

K-1好きで、憧れの選手はHIROYAさんとのことです。

雪国生まれということで

ウィンタースポーツが得意

スキー、スノーボートはお手の物!

かってあの体でできるの?とびっくりしたんですが

「体重の割に動きが速くてバネがある」と自分で分析。

そして、音楽大好きです!

音楽の話になると、表情が緩んで土俵の上とは
違った顔が見られます。

歌はプロ並み、というウワサもあるくらい歌うことも大好きらしく

大好きなのは、地元のスター 吉幾三さん。

やはり、同郷の歌手には興味があるのですね!

演歌も歌えるとなると相当上手い気がします!

カラオケでは、ケミストリーなどを熱唱しているという情報も。

R&Bが歌えるなんて、絶対歌が上手いでしょう!

昔は力士たちが歌を歌う番組もあったんですが、
最近は少なくなっています。

随分上手に歌っていますね!素晴らしい!

阿武咲の彼女や結婚について

阿武咲は現在22歳ですがまだ結婚していません。
これから結婚されると思いますが、ファンは大変気にしています。
現在は、人気が上昇してくると、当然結婚話にも
話題に成るかも知れませんが
目下下記のようなコメントをしていました。

阿武咲 奎也ツイッター/Ounosyou
@ounosyofumiya

「阿武咲」この四股名の読み方と名付けの由来は?

『阿武』は親方の阿武松親方から頂いたもので
『咲』は地元の恩師

中泊道場監督の小山内誠さんの

「土俵の上で花が咲くように」という願いから

その『咲』を頂いたようです。

四股名の名前は阿武の松原という景勝地を由来としているのかも

昔の阿武松は、とても活躍していましたが、
その名前は年寄名跡という称号に指定されていて、

その称号をお金で買った元力士はその名前を名乗ることができます。
現在その名跡を持っている手嶋さんが経営している
相撲部屋なので、阿武松部屋と呼んでいます。

四股名「阿武咲」には地元の恩師の
「土俵上で花が咲くように」との願いが込められています。

素晴らしい四股名ですね!

阿武咲は四股名の通り少しでも早く
土俵上で花が咲くように応援しましょう!

阿武松はどんな人?私生活や趣味は?

・阿武咲の父親・母親・弟について
・ ライバルや尊敬する力士は?
小学生の頃から土俵の上では良きライバルである

阿武咲の親方は誰?

阿武咲の親方は

平成31年(2019)正月 集合写真

阿武松部屋は元関脇益荒雄関が興した部屋です。
元益荒雄関は引退して2年後の平成4年9月に、
年寄名跡の阿武松を獲得して所属していた
押尾川部屋を離れ、
当時の大鵬部屋を経て2年後に誕生しました。

現在、阿武松部屋には力士が関取の
阿武咲関と阿夢露関を始め、計17人が在籍しており、
1等床山の床貴と若手の床山である床雄を含めて少なくとも21人が
共同生活をしています。

阿武松部屋の師匠、元益荒雄関の紹介

阿武松部屋の師匠である元益荒雄のプロフィール

四股名 手島 広生 → 益荒雄 広生 → 手島 広生 →
益荒雄 広生 → 益荒雄 宏夫

本名 手島 広生
愛称 白いウルフ、ぶっ壊し屋
生年月日 1961年6月27日(57歳)
出身 福岡県田川郡糸田町
身長 188cm
体重 127kg
BMI 35.93
所属部屋 押尾川部屋
得意技 右四つ、寄り、下手投げ

出身地は 昭和36年6月に福岡県で生まれました。
同じ九州の佐賀県出身で
元大関大麒麟関が師匠である当時の押尾川部屋から
直接スカウトされて、
高校を2年在籍した上で、そこに入門しました。

そこで、右四つからの寄りや下手投げといった強みを習得し、
入門してから4年余りたった昭和58年名古屋場所で
関取の座を掴むことができ、

四股名を本名の手島から益荒雄に変えました
ちなみに1回幕下に陥落していた時期があり、
その際は本名に戻しています。

益荒雄関が最も活躍していたのは今から丁度30年前で、
前年の昭和61年九州場所からの1年間を見ると関脇など、

三役を経験した3場所が全てこの期間に該当し、
生涯獲得した三賞も5回のうち4回がこの期間に取っています。

、昭和62年初場所では立浪部屋所属の第60代横綱双羽黒関から
初金星を挙げると、その次の春場所では、

新小結の地位で昭和の大横綱の1人である
第58代横綱千代の富士関を始め

2人の横綱と北の湖部屋所属の北天佑関、
現芝田山部屋師匠で放駒部屋所属の大乃国関、

高砂部屋所属の朝潮関、
現二所ノ関部屋師匠では
二子山部屋所属の若嶋津関の4人の大関を倒すなど大活躍を見せ、

まさにこの年の「荒れる春場所」の立役者となったのです。

これを益荒雄旋風と呼びこの頃に
千代の富士関のニックネームであるウルフから
「白いウルフ」と呼ばれるようになり、
一気に有名になりました。

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