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琴勇輝の結婚式は何時なの兄弟は?出身の小学校と身長は?

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佐渡ヶ嶽部屋所属の琴勇輝関は

取り組み前の「ホウッ!」という雄叫びを発し

一時は話題にもなっていましたが

現在は自粛して発してはおりません。

この記事では、琴勇輝の結婚式は何時なの

兄弟は?出身の小学校と身長について

調べてみました。

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琴結城のプロフィール

四股名 琴勇輝 一巖
本名 榎本 勇起
愛称 ユウキ
生年月日 1991年4月2日(28歳)
出身 香川県小豆郡小豆島町(出生地は丸亀市)
身長 176cm
体重 180kg
所属部屋 佐渡ヶ嶽部屋
得意技 突き・押し
趣味       昼寝、銭湯巡り

琴勇輝の結婚した嫁は

2017年1月1日、元保育士の一般女性と結婚されました。

お相手の女性は「旧姓井川留美さん」で32歳です。

旧姓井川留美さんの職業は、元保育士でした。

井川さんのお父様の名前は、聡さんです。

井川さんのお父様である聡さんは

師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)を

現役時代から応援していた関係で知り合ったそうです。

琴勇輝さんは当時25歳だったので(現26歳)

なので6歳年上の姉さん女房のようですね。

同年の17年6月に都内のホテルで豪華な披露宴を

挙げられたそうです。本当におめでとう!

琴勇輝の家族について

琴勇輝関の家族は母子家庭だったようで、

お母さんの「さゆり」さんは、

琴勇樹は、母子家庭で育てられたとの情報です。

小学生時代の琴勇輝関をかなり厳しく育てられたそうです。

また、琴勇輝関には弟がいて、

現在は埼玉の医大に通われているそうです。

琴勇輝関はとても弟思いの兄貴なような性分で、

十両優勝の時に貰った120万円の賞金を

そのまま弟さんの医大の

学費にするよう渡したと言われています。

昔から家族思いな性格だったのでしょうね。

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また、琴勇輝関はかつて

弟さんが学校でいじめにあってると聞いて、

その学校に乗り込み、いじめの主犯格の

生徒に会って、弟に対するいじめを

辞めさせた事もあったそうです。

琴勇輝関、本当にカッコいい兄貴ですね。

琴勇輝の出身の学校は

小学校は垂水小学校を卒業しましたが

垂水小学校4年生の時の善通寺市の香川相撲クラブに入り

相撲を始めています。

琴勇輝の出身の中学校は

中学は近辺に相撲部のある中学校が存在しななかったので、

小豆島高校相撲部の田中栄一郎監督を頼って

内海町(現小豆島町)に転居し、

内海町立内海中学校に入学しています。

琴勇輝の出身の高等学校は

高校は香川県立小豆島高等学校に進学したが

11月の九州場所で佐渡ヶ嶽部屋(師匠は元関脇・琴ノ若)の

合宿を見学し、同部屋への入門を決意したので、

小豆島高校は同年内に中退しています。

母は榎本が高校を卒業するものだと思っていたのだが、

合宿見学の帰りに新幹線の中で

高校を中退して入門することを、育ての母親は、

聞かされて驚いたという。

琴勇輝の来歴

琴優輝の各時代別に調べてみました。

琴勇輝の生まれは丸亀市です。

垂水小学校時代

垂水小学校4年生の時の善通寺市の香川相撲クラブに入り

相撲を始めました。

中学は近辺に相撲部のある中学校がなかったたので

内海町立内海中学校に入学した。

小豆島高校相撲部の田中栄一郎監督を頼って

内海町(現小豆島町)に転居し、

内海町立内海中学校に入学した。

中学時代は学業の優秀さでも知られ、

3年生のとき生徒会長になったこともある。

人格者ぶりから不良の生徒たちも榎本の前では

大人しくしていたという。

高校は香川県立小豆島高等学校に進学時代

高校は香川県立小豆島高等学校に進学したのだが

1年生時の夏に行われた四国四県対抗相撲選手権大会では、

少年の部個人戦で香川県勢として初優勝。

インターハイの団体ではベスト16に進出し、

全国高体連の海外遠征メンバーにも選ばれました。

秋の国民体育大会でも香川県勢初の8強入りを果たし

これら大会で優秀な成績を収めたことから

大相撲の複数の部屋から勧誘を受けたことがあるが

佐渡ヶ嶽部屋(師匠は元関脇・琴ノ若)に入門を決意

小豆島高校中退の経緯

11月の九州場所で佐渡ヶ嶽部屋(師匠は元関脇・琴ノ若)の

合宿を見学し、同部屋への入門を決意。

小豆島高校は同年内に中退した。

母は榎本が高校を卒業するものだと思っていたが、

合宿見学の帰りに新幹線の中で

高校を中退して入門することを聞かされて驚いたという。

初土俵から関取昇進まで【四股名】は

2008年3月場所、琴榎本勇起の四股名で初土俵

新弟子時代から稽古熱心な力士として知られており、

相撲教習所に通う新弟子は

序ノ口は1場所、序二段と三段目は各2場所で通過し、

2009年3月場所で早くも幕下に昇進したが、

2010年5月場所より四股名を【琴勇輝一巖】に改めました。

2010年7月場所で一度三段目に陥落したが、

1場所で幕下に復帰するとその後定着。

2011年1月場所で5勝2敗、

5月場所で6勝1敗の好成績を収め、

7月場所では初めて幕下上位の東5枚目まで昇進した。

この場所でも4勝3敗と勝ち越し、

場所後に翌9月場所からの十両昇進が決定した。

関取昇進後の幕内昇進の経緯

新十両の2011年9月場所は、

西12枚目の地位で序盤いきなりの4連敗の発進となったが、

中日から7連勝するなどして9勝6敗で勝ち越している。

2012年3月場所で自己最高位の西筆頭まで番付をあげ、

幕内昇進を狙ったが6勝9敗で十両昇進後

初の負け越しを喫する。

続く5月場所は序盤3連勝の発進を切ったのだが、

6日目の宝富士戦で敗れて土俵下に転落していまい

右膝を負傷して、翌日より休場を余儀なくされ、

11日目から再出場したが5勝に終わった。

7月場所、9月場所は勝ち越し、

東十両3枚目まで番付を上げて迎えた11月場所は、

前半戦を1勝6敗と不調だったが、

中日から盛り返して、見事 8連勝で9勝6敗の勝ち越しの成績

場所後に香川県出身力士として幕内昇進が決定したのである。

新入幕場所以降の経緯

新入幕の2013年1月場所は2日目から

4連敗を喫すると以降は常に黒星が先行する苦しい展開となってしまい、

最終的に6勝9敗の成績で一場所で十両に陥落したのである。

西十両3枚目で迎えた2013年5月場所は、

千秋楽に12勝2敗の相星で対戦した苦手にしている「徳勝龍」を

突き出しで破り、13勝2敗の成績で初の各段優勝となる

十両優勝を達成した。

2013年7月場所で再入幕(西前頭12枚目)すると、

この場所は8勝7敗で幕内で初めて勝ち越した。

自己最高位を更新(西前頭9枚目)した。

9月場所12日目の北太樹戦では2度突っかけてしまい、

突っかけるたびに客席に向かって礼をして詫びる姿が

評判を悪くした経験をする。

負傷による怪我の状況

11月場所6日目の徳勝龍戦で左膝を負傷したのだが

その経過とない内容は

左膝蓋腱断裂と左膝前十字靱帯損傷と診断され、

7日目から休場。

11月末からリハビリを開始し、2014年1月場所後に退院。

その結果、2014年3月場所は東十両12枚目まで地位を下げ、

この場所は7日目から5連敗したことが響いてしまい、

千秋楽に負け越しを喫してしまう。

5月場所では調子を取り戻し、

14日目まで十両の優勝争いの先頭に立っていた。

しかし千秋楽に敗れて11勝4敗となり、

4人による優勝決定トーナメント1回戦でも5日目の

本割で勝っていた逸ノ城に敗れてしまい、

2度目の十両優勝はならなかった。

11月場所で1年ぶりに幕内(東16枚目)に返り咲き

5場所ぶりに幕内に復帰した11月場所は、

7勝7敗で迎えた千秋楽の妙義龍戦では、

物言いがつく相撲の末に、8つ目の白星を勝ち取り、

8場所ぶりとなる幕内での勝ち越しを達成したのである。

2015年は3月場所中に急性腸炎のため負け越したが、

その場所以外では勝ち越しを続けた。

約2年ぶりに自己最高位を更新した(東前頭6枚目)

11月場所でも8勝7敗と勝ち越したのみならず、

同部屋の大関琴奨菊が14日目から途中休場したことなどもあり、

千秋楽には平幕力士ながら『これより三役』に登場し、

大関照ノ富士と対戦を経験した。

琴勇輝の横綱との対戦の経緯

初めて『これより三役』を経験した琴勇輝は、

2016年、西前頭4枚目で迎えた1月場所では

初日から3連勝と好調なスタートを切ったのである。

9日目に横綱・日馬富士と初対戦した後、

13日目に5場所連続の勝ち越しを決め、

最終成績は9勝6敗の成績を収めた。

3月場所は東前頭筆頭で迎えたのだが

初日に大関・稀勢の里、2日目に横綱・白鵬と

共に初対戦して敗れてしまい、

3日目に横綱・日馬富士を押し出して

横綱戦初勝利を達成し、初金星を獲得した。

4日目に横綱・鶴竜に敗れたが、

5・6日目はそれぞれ豪栄道と照ノ富士の2大関を破り、

自身初めての横綱・大関との総当たりを終えて3勝3敗とすると、

そのまま千秋楽まで11連勝し、

幕内で初の2桁白星となる12勝3敗の好成績と同時に

通算300勝目を達成した。

三賞や殊勲賞の獲得の経緯

1横綱2大関を破った事が評価され初の三賞となる殊勲賞を受賞した。

同場所では三役陣が全員負け越していたため、

5月場所前の番付発表で関脇昇進が決定した。

新三役場所以降の経緯

東関脇で迎えた5月場所より、

立合い前に声を発することをやめた。

立ち合いの前に「ホッと声を出していた時期には

これから全力で体力を集中して勝負に突進する姿は

筆者としては、一瞬力が入るのかも知れないので

余り不快感は感じられない様な気がさいますが

相撲の道徳上に決まりがあるのかも知れません!

どんな理由からかは分かりませんが、現在では

完全に中止しています。

体重を減量してからは

場所直前の4月の終わりごろに喘息が発覚してあいまい

1週間近く稽古を休む結果になってしまいました。

172kgの体重が10kg減ったので

趣味の銭湯に行く時間を外食に充て焼き肉、

焼き鳥を食べまくって体を戻した努力は立派ですね!

その結果、場所は初日より3連敗を喫したが、

6日目に先場所に続いて豪栄道を破り、

7日目には鶴竜から初白星をあげて盛り返しせたのだが、

14日目に7場所ぶりの負け越しが決定したが、

千秋楽に照ノ富士を破り7勝8敗の成績で場所を終えた。

7月場所は東小結に留まったが、

全く振るわず初日から9連敗、

最終的に2勝13敗の大敗を喫して平幕に転落したのである。

西前頭8枚目まで後退した9月場所は

地力の強さを見せつけて

自己最速となる10日目に勝ち越しを確定させ、

場所を10勝5敗の2けた白星で終えた。

この場所では左膝を負傷して以降付けていた

テーピングを外して相撲を取り、

2016年11月場所は6勝9敗の負け越しであったが、

千秋楽に英乃海を立合いの張り手で失神させた

ことが物議をかもした。

場所後の2016年度冬巡業は全休。

結婚以後の取組

2017年1月1日、元保育士の一般女性と結婚。

迎えた1月場所は初日から2日連続で変化気味の立合いを見せ連勝。

その後も変化気味の立合いをする場面が時々見られたが、

3日目から6連敗。

その後持ち直したものの14日目に負け越しが決まり、

結婚した勢いに乗ることはできなかった。

3月場所も怪我の影響で5勝10敗。

5月場所も故障に苦しみ

9日目は日本相撲協会に

左膝蓋靱帯断裂術後、左膝関節水腫

約3日間の安静加療を要する見込みと診断書を提出して休場。

琴勇輝の休場は2015年春場所以来で6度目で

9日目は魁聖に不戦敗になった。

10日目からは再出場したが連敗した。

この場所は6勝9敗と、番付運次第では十両陥落も有り得るのだが、

2017年5月場所終了時点では不戦敗制度運用開始以降

場所2日目には師匠と夫人が誕生日を迎えており、

この日を白星で終えた琴勇輝は

「いい相撲で白星が取れたので

師匠にはカフスを送りました。

奥さんには?秘密です」と支度部屋で話した。

さぞ、嬉しかったのでしょうね!

琴勇輝の幕内と十両の繰り返しの経緯

月場所までなんとか幕内に残っていたが、故障が悪化し

西前頭14枚目で大きく負け越して9月場所で十両へ陥落した。

9月場所は14日目を終わった時点で

10勝4敗の単独首位に立っていたが、

千秋楽に5敗の阿炎に本割と優勝決定戦で連敗し、

逆転優勝を許して十両優勝を逃した。

11月場所は幕内に復帰し、

8場所ぶりの幕内での勝ち越しを達成して1年を終えた。

2018年1月場所は一進一退の星取りであり、

13日目に勝ち越し王手となったが、

残りを負けて7勝8敗と向こう給金となった。

翌3月場所はやや番付運が悪く

1枚半下降の西前頭12枚目。

初日から3連敗のスタートとなった上、

3日目の大翔丸戦で、またもや、右足首を負傷。

「右踵腓靱帯損傷で1週間の休業、

療養が必要」との診断書を提出し、

翌4日目から休場した。

しかし足の痛みが引き、相撲が取れる状態になったことで

6日目より早くも復帰した。

しかし復帰後は足の踏ん張りが殆どきかず、

1つも勝てないまま中日に負け越しが確定。

その後も連敗が続いたが、

13日目の錦木戦でようやく初日を出した。

場所成績は1勝13敗1休。

場所後の春巡業は右足首の怪我の影響で

初日からの休場が発表された。

翌5月場所は4場所ぶりの十両となる東十両5枚目で迎え、

千秋楽に勝ち越しを決めて8勝を挙げた。

東十両3枚目で迎えた7月場所は場所前に

20kgもの減量を行って臨み、10勝5敗の好成績を残し、

9月場所で幕内に復帰したが、6勝9敗の負け越しで

1場所で十両に下がった。

11月場所は十両優勝を争い、

千秋楽に10勝4敗で、11勝3敗で

トップの友風と対戦したが、敗れて優勝はならなかった。

2019年1月場所は幕内に復帰したが

10日目の土俵で負傷し、翌日から休場。

琴優輝の過去六場所の星取表

令和元年五月場所 東十両六枚目 11勝4敗

平成三十一年三月場所 東十両二枚目 5勝10敗

平成三十一年一月場所 西前頭十三枚目 4勝7敗4休

平成三十年十一月場所 東十両三枚目 10勝5敗

平成三十年九月場所 東前頭十六枚目 6勝9敗

平成三十年七月場所 東十両三枚目 10勝5敗

まとめ

今回は、琴優輝関について調べてみた内容を

詳しく解説いたしました。

2017年1月1日、元保育士の一般女性と結婚。

琴優輝関は結婚直後は、思ったような成績を出せずに

苦労した状況を解説しました。

琴勇輝関の家族は母子家庭だったようで、

お父さんの名前は「聡」さんのようです。

お母さんの「さゆり」さんです。

琴勇樹は、母子家庭で育てられたとの情報です。

小学生時代の琴勇輝関をかなり厳しく育てられたそうです。

また、琴勇輝関には弟がいて、

現在は埼玉の医大に通われているそうです。

琴勇輝関はとても弟思いの兄貴なような性分で、

十両優勝の時に貰った120万円の賞金を

そのまま弟さんの医大の

学費にするよう渡したと言われています。

昔から家族思いな性格だったのでしょうね。

また、琴勇輝関はかつて

弟さんが学校でいじめにあってると聞いて、

その学校に乗り込み、いじめの主犯格の

生徒に会って、弟に対するいじめを

辞めさせた事もあったそうです。

琴勇輝関、本当にカッコいい兄貴ですね。

琴勇輝の出身の学校は

小学校は垂水小学校を卒業しましたが

垂水小学校4年生の時の善通寺市の

香川相撲クラブに入り

相撲を始めています。

如何でしたでしょうか?

最後までお付き合い有難うございました。

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