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新十両に昇進しした琴ノ若の相撲の取り口は?父親は誰?

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大相撲の九州場所が相変わらず大入り満員の日が

続いており、賑わっていますね

新十両に昇進しした琴ノ若関は

令和元年九州場所において、

十両七枚目の番付において

優秀な成績を挙げましたので

今回は話題になっている新十両に昇進した

新十両の琴ノ若の情報を調べてみました。

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新十両の琴ノ若関のプロフィール

しこ名 琴ノ若 傑太(ことのわか まさひろ)
所属部屋 佐渡ヶ嶽部屋
本名  鎌谷 将且
しこ名の履歴 琴鎌谷 → 琴ノ若
現在の番付  十両七枚目
生年月日 平成9年11月19日
出身地  千葉県松戸市
身長

体重

 188.0cm
162.0kg
最高位 西十両7枚目
初土俵 2015年11月場所

父は元関脇・初代琴ノ若、

母方の祖父は第53代横綱・琴櫻。

新十両の「琴ノ若 傑太」の来歴

1997年11月19日に誕生、

当時現役の幕内力士だった琴の若(当時)の

長男として誕生しています。

琴ノ若 傑太関は

幼少期から祖父の琴櫻に相撲の基本を叩き込まれ、

5歳から地元の相撲道場(柏少年相撲教室)に通っていました。

5歳の時から相撲道場に、行かせられた琴ノ若は

どんな気持ちだったのでしょうね

琴ノ若 傑太の取り口は

琴ノ若 傑太は

現在の佐渡ケ嶽親方である、

元関脇琴ノ若晴將の息子さんです。

引退相撲の時に、息子さんと、相撲を披露しており、

そこで、将来力士になったら

琴ノ若を襲名させる意向であることを話していましたが、

実現することになりました。

これまでは、琴鎌谷という四股名でしたが、

十両昇進を機に琴ノ若に改めました。

ちなみにお父さんの方は、

2005年に引退されています。

190センチ超の長身を活かした

四つ相撲で強さを発揮しました。

体重も180キロ以上あったと記憶していますが

残念ながら、ケガが多い力士でした。

最高位は関脇にとどまりましたが、

大関に昇進出来る素質も、持っていました。

初代琴ノ若といえば、

甘いマスクなので女性ファンも

多かった印象があります。

また特徴としては、

相撲の勝負の決着までの時間が長く

1分を超える相撲も珍しくありませんでした。

2代目琴ノ若も初代と同じ右四つを得意とした

四つ相撲が取り口として興味がありました。

この様な取り口で、琴ノ若 傑太がその取り口を

継承していくのか注目したいと思います。

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琴ノ若 傑太の若い頃の学歴

松戸市立松飛台小学校を卒業後は

親元を離れて埼玉栄中学校へ進学した。

松戸市立松飛台小学校を卒業後は

当初は当然、大相撲入りを考えていたらしいが

祖父の琴櫻の英才教育の一環かも知れませんね

当初は中学卒業後の大相撲入りを考えていたが、

然しながら、大相撲に通用する自信がなかったのも

当然かも知れませんね

中学卒業時点では大相撲で通用する

自信を持てなかったので、

結局、埼玉栄高校普通科スポーツコースに進学したが

高校では3年次に主将を務め、

全国高等学校総合体育大会相撲競技大会を

団体優勝に導き、

世界ジュニア相撲選手権大会では

団体戦と個人戦(重量級)で優勝した。

この様な実績が自信となり

高校卒業後の進路は、

大相撲入りを決意した。

琴ノ若 傑太の佐渡ヶ嶽部屋に入門

在学中の2015年10月6日には、

父親が師匠を務める佐渡ヶ嶽部屋への入門を発表し、

同年11月場所で初土俵を踏んだ。

四股名は本名に佐渡ヶ嶽部屋伝統の琴の字を冠した

「琴鎌谷 将且」で、出場して、前相撲は3連勝の成績であった。

琴ノ若 傑太の序二段昇進

初めて番付に名前が載った2016年1月場所は、

7戦全勝で序ノ口優勝とした。

翌3月場所で序二段に昇進した。

・琴ノ若 傑太の幕下に昇進

6勝1敗。同年5月場所と7月場所では

三段目で相撲を取り、

9月場所からは幕下に昇進。

2017年3月場所で三段目落ちを経験したが、

翌5月場所で幕下に復帰した。

2019年5月場所では十両が

目前の東幕下2枚目まで番付を上げて、

3連勝3連敗から勝ち越しの4勝目を挙げた。

琴ノ若 傑太の新十両誕生

場所後の番付編成会議において、

7月場所での新十両昇進が決まり、

合わせて、父親の現役時代の四股名である

「琴ノ若」を襲名することとなり、

襲名と同時に本名の「将且」から、

祖父の琴櫻が名乗っていた「傑將」から

一字を取り「傑太(まさひろ)」に改名することとなった。

琴ノ若 傑太のエピソード

初代琴ノ若の現役最後の取組は、

2005年11月場所12日目の「駿傑」戦であったが、

当時8歳の鎌谷将且少年は家族と共に

福岡国際センターでこの取組を観戦していた。

現役を引退し、年寄・佐渡ヶ嶽を襲名した父親からは、

将来琴ノ若を継承するように言われており、

父親の引退に立ち会った経験から

「次は自分だ」との思いを持つようになった。

初代琴ノ若の引退相撲は翌2006年に行われたが、

この時に琴ノ若の最後の対戦相手を務めた。

四股名については、

初土俵時は本名に由来する「琴鎌谷」となったが、

三段目に昇進すれば

父親の「琴ノ若」を継承する予定で、

大関に昇進すれば祖父の「琴櫻」を

継承する意向を持っていたのだが、

しかし、実際には三段目昇進時には改名をせず、

「琴鎌谷」のまま土俵を務め、

新十両となる2019年7月場所から琴ノ若に改名した。

初めて番付に名前が載った

2016年1月場所は、

7戦全勝で序ノ口優勝とした。

翌3月場所で序二段に昇進し、6勝1敗。

同年5月場所と7月場所は三段目で相撲を取り、

9月場所からは幕下に昇進。

2017年3月場所で三段目落ちを経験したが、

翌5月場所で幕下に復帰した。

2019年5月場所では十両が目前の

東幕下2枚目まで番付を上げて、

3連勝3連敗から勝ち越しの4勝目を挙げた。

場所後の番付編成会議において、

7月場所での新十両昇進が決まり、

合わせて、父親の現役時代の四股名である

「琴ノ若」を襲名することとなり、

襲名と同時に本名の「将且」から、

祖父の琴櫻が名乗っていた「傑將」から

一字を取り「傑太(まさひろ)」に改名することとなった。

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