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琴恵光の実家はどこ?祖父は元力士なの?父と母はちゃんは?

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小柄な体格ながら気風のいい相撲で土俵を賑わしています。

琴恵光は、子供のころから柔道や相撲をやっていたのですが

今回は、どうして相撲の道を選んだのか?その理由は

琴恵光の祖父からの家系に関係していたらしいので

これらの内容を調べてみました。




琴恵光のプロフィール

琴恵光 充憲
(ことえこう みつのり)
所属部屋 佐渡ヶ嶽
本名 柏谷 充隆
しこ名履歴 琴柏谷 → 琴恵光
番付 前頭十五枚目
生年月日 平成3年11月20日
出身地 宮崎県延岡市
身長 177.0cm
体重 138.0kg
得意技 右四つ・寄り・押し
親族 お父さんは、柏谷 正倫
お母さんは、多美さん
お兄さんは、佑希さん(31才)
お姉さんは朋美さん(29才)

琴恵光の祖父は元十両の「松惠山」である。

松惠山は現役時代は立浪部屋に所属していたが、

引退後は宮崎県でちゃんこ料理店を営んでいた。

松惠山の父親は祖父亡き後に店を継いでいる。

この家系で、3人兄弟の末っ子(兄1人、姉1人)として生まれた。

幼少期から柔道に親しんでいたが、同時に相撲も習っており、

小学生時代は地元の松恵山相撲道場で相撲経験を積み、

6年次にはわんぱく相撲全国大会でベスト8の成績を残している。

延岡市立岡富中学校時代は柔道部に所属し、

団体戦メンバーとして宮崎県中学校柔道大会での団体優勝に貢献した。

当初は延岡学園高校へ柔道の特待生として進学し、

卒業後は料理人となることを志していたが、

中学3年次に佐渡ヶ嶽部屋の九州場所宿舎で

稽古を見学したことをきっかけに大相撲界への興味が湧き、

入門を決意した。

琴恵光の来歴

2007年3月場所で佐渡ヶ嶽部屋から初土俵。

2007年3月の四股名は「琴柏谷」であった。

2007年3月は2連勝で一番出世した。

2008年7月場所で三段目に昇進して、

2008年7月場所は負け越して序二段に陥落したが、

2008年7月場所で三段目に復帰すると今度は定着。

2011年5月技量審査場所で、

祖父の四股名から一字取った「琴恵光」に改名すると、

2場所連続勝ち越しで幕下に昇進した。

2013年以降は幕下でも安定した成績を残せるようになり、

2013年中は幕下中位へ昇進。

しかし地元九州で行われた同年11月場所で負け越してしまい、

これを屈辱的に感じた為に、次に九州へ帰るまでには

十両に昇進することを決意。

これがきっかけとなり2014年に入ってからは

勝ち越しを続けて幕下上位へ進出。

東幕下3枚目だった2014年9月場所で

5勝2敗の成績を挙げると、

場所後の番付編成会議で2014年11月場所での

新十両昇進が決定した。

十両には通算2場所在位したが、

2場所とも大敗で幕下落ちとなる。

2度目の陥落から5場所目の2016年1月場所からは、

幕下力士として部屋の大関である琴奨菊の付け人に復帰した。

ちなみに琴奨菊はこの場所で初優勝をしている。

2016年7月場所で帰り十両となり、

この場所は十両で初めて勝ち越した。

続く2016年9月場所では千秋楽まで十両の優勝争いにからみ、

11勝4敗の大勝ちで終えた。

11月場所は勝ち越せば新入幕のチャンスである

東十両2枚目の地位で土俵に上がり、

10日目には5勝5敗であったが11日目から4連敗し、

千秋楽は勝って6勝9敗としたが幕内昇進を逃した。

2017年1月場所は初日から3連勝したものの4日目から6連敗、

負け越しが濃厚となっていたが

14日目まで勝ちっぱなしで勝ち越しを決める。

千秋楽は負けて8勝7敗で場所を終えた。

2017年10月5日に行われた秋巡業八千代場所では

申し合いを8番行った。

2017年は勝ち越しと負け越しを交互に繰り返し、

年間を通して十両の座を守った。

2018年1月場所は好調で、

4日目からの7連勝もあって12日目を終えた時点で

9勝3敗と優勝争いの単独トップに立ったが、

残りを3連敗として優勝決定戦に進出することはできなかった。

2018年3月場所も好調で、14日目を終えた時点で

10勝4敗として明瀬山、佐田の海と並んで優勝争いのトップに立ったが、

またもや、千秋楽に敗れたことで優勝決定戦には進出できなかった。

続く2018年5月場所でも勢いが止まることは無く、

14日目を終えた時点で11勝3敗として

阿武咲、剣翔と並んで優勝争いのトップに立ったが、

三度、千秋楽に敗れたことで、

3場所続けて千秋楽の黒星により優勝決定戦への

進出を逃す結果となった。




場所後の6月25日の番付発表において、

2018年7月場所での新入幕が決定した。

迎えた2018年7月場所は3勝12敗の大敗に終わり、

幕内の壁に跳ね返された。

2019年3月場所は中日まで6勝2敗と好調であったが

9日目から6敗して14日目の照強戦で負け越しを確定させた。

千秋楽は勝って7勝8敗と幕内残留に望みを繋げ、

結果的に2020年5月場所は運良く番付据え置きとなった。

琴恵光の実家の両親はちゃんこ店経営!祖父は元力士!

琴恵光は宮崎県延岡市の出身で、両親は現在もこちらにお住まいです。

琴恵光の祖父は柏谷邦治さんは、元十両力士

松恵山(まつえやま)という四股名で相撲をやっていました。

松恵山は、引退後は地元の宮崎に戻り、

「ちゃんこ松恵」を開業していましたが、

平成13年8月に72才で亡くなってしまいました。

松恵山のお父さんは、柏谷 正倫さん(54才)で、

祖父が経営していたちゃんこ店を引き継ぎお店をやっています。

お母さんは、多美さん(55才)で、

ご主人と一緒にお店に勤務しています。

お店は延岡市のアーケード山下新天街の中にあり、

料理はちゃんこ鍋はもちろんのこと、

刺身や焼き鳥などの一品料理も美味しく、

地元ではとても評判のいいお店らしいですよ!

一度は訪ねてみたいですね!

琴恵光の光隆少年は3人兄弟の末っ子で、

上に兄と姉がいます。

一番上はお兄さんで、佑希さん(31才)、

京都で会社員をされているそうです。

お姉さんは朋美さん(29才)で、

芸能事務所のマネージャーさんをしているそうです。

柔道に夢中だった少年が相撲の道を選んだ理由は?

柏谷 充隆少年は幼稚園の時から柔道をやっていましたが、

また祖父の邦治さんが地元で「松恵山道場」という

相撲道場を開いていた関係で、同時に相撲も習っていました。

柔道と相撲を並行してやりながら

岡富小学校6年の時には、

わんぱく相撲で関脇(8強)になりました。

この時の柏谷 充隆少年の相撲を見ていたのが、

現師匠の佐渡ヶ嶽親方(元関脇・琴ノ若)でした。

佐渡ヶ嶽親方親方に柏谷 充隆君は相撲の能力を認められ、

将来相撲の世界に進まないかという打診があったそうです。

柏谷 充隆君は小学校を卒業後、

岡富中学校へ進学しても学校では柔道を、

道場では相撲を続けていました。

中学3年の時には柔道90㎏級で県大会で優勝、

全国大会へ出場するほどの実力でした。

中学卒業後は柔道特待生として地元宮崎の

延岡学園高校への進学を決めていたのですが、

中3の11月に佐渡ヶ嶽親方から

九州場所の佐渡ヶ嶽部屋の宿舎に稽古見学に来ないか?と

声をかけられ、行ってみたところ、

柏谷 充隆君は心動かされるものがあったのだそうです。

その時点で、柏谷 充隆君は

「自分の力を試してみたい」と思い、

なんと相撲界入門を決めたのでした。

光隆少年の心を揺り動かしたのは、

自分の力を認めてくれていた親方の気持ちは勿論ですが、

「体が小さくても大きな人を倒せるおもしろさ」

「白黒はっきりとしている競技」

という点だったそうです。

この様な感覚は柔道をやっていたからこそ

わかったのではないでしょうか

柏谷 充隆君は祖父が力士だったので

自分も相撲の道で頑張る決心をしたのかも知れません。

四股名の由来

入門時は「琴柏谷」という四股名で取っていましたが、

平成23年5月から現在の「琴恵光」に改名しました。

祖父の四股名であった松恵山から「恵」をもらい、

より光輝けるようにと「光」をつけたそうです。

「琴恵光」の四股名が頑張れば

顔立ちもキリリと締まった男前なので
身長は 177.0cmでも
体重は 138.0kgでも得意技の右四つ・寄り・押しの

技量を十分に発揮して幕内を沸かせてください!

琴恵光の実家は「ちゃんこ鍋屋」さんの紹介

琴恵光の実家は「ちゃんこ鍋屋」の名前は
「ちゃんこ松恵」です。

住所は
〒882-0055 宮崎県延岡市山下町2-1-9です。

地図

ちゃんこ鍋の他にも、

地元延岡で獲れた新鮮な魚介類や、

九州名物のチキン南蛮も頂ける、

料理店です。

一度は訪れてみたいですね!!

まとめ

少年時代から祖父の遺伝を引きつきながら

お父さんの経営する料理屋を横目に見ながら

相撲に邁進している琴恵光について調べてみました。

十両だった祖父の番付を抜き、幕内力士になった

琴恵光について調べてみました。

如何でしたでしょうか?

今後の活躍を期待したいと思います!

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