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逸ノ城の体重が減り、成績と年齢 ?部屋の親方の情報満載!

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逸ノ城がダイエットして好調に成って来ましたね
今後が大変楽しみに成って来ました。
今回は逸ノ城がダイエットの効果を生かし
何処まで昇進できるのかが楽しみです!
今回は逸ノ城が26歳を迎え果たして大関に昇進できるのか?
そして稽古をつけてくれる部屋の親方の情報を
調べてみました。大相撲観戦のファンの皆様の参考に
して頂けたら幸甚です。

プロフィール

逸ノ城 駿
(いちのじょう たかし)
所属部屋 湊
本名 アルタンホヤグ・イチンノロブ  
しこ名履歴 逸ノ城
番付 関脇
生年月日 平成5年4月7日
出身地 モンゴル・アルハンガイ
身長 193.0cm
体重 227.0kg
得意技 右四つ・寄り

逸ノ城関は生粋の遊牧民出身です。

この遊牧民出身力士は大相撲では始めてらいいのですが

モンゴルでは、弟と妹と共に自宅のゲルから20キロ離れた学校のある村の
ゲルで共同生活を送ったり、馬に乗って走るったりして
身体を鍛えてきたことによって足腰が相当強く鍛えられています。

逸ノ城の性格は、何かに取り掛かったら徹底して行う性格です。

この様な性格なので、果たして相撲にはどのくらい徹底して
勝負に取り組めるのかが楽しみです。

ジャンキーな姿と、かわいい笑顔が今注目です!

あだ名は横綱・白鵬も認める 『怪物・モンスター』と呼ばれています。

逸ノ城の所属している部屋は?


逸ノ城は湊部屋に所属しています。

所在地 〒333-0847
埼玉県川口市芝中田2-20-10

師匠名 湊 孝行 日本相撲協会の<委員>を務めています。

師匠の旧しこ名  前頭二枚目 湊富士
本名      三浦 孝行
生年月日 昭和43年7月6日生
出身地  群馬県
家族       医師でもある三浦真
生涯戦歴 601勝631敗37休
受賞歴 優勝0回/殊勲賞0回/敢闘賞1回/技能賞0回

逸ノ城の親方の女将さんの紹介

逸ノ城の親方の女将さんは医師でもある三浦真さんです。
三浦真さんは現在43歳の若さで大変美しい方です。

三浦真さんのプロフィール

埼玉医科大学大学院卒業後、
同大学病院の神経耳科に入局。
29歳のときに湊富士(現・湊部屋親方)と結婚。
2児の母として子育てをしながら
埼玉県内の介護老人施設の院長を務める。
2010年に夫が湊部屋を継承したことにより、
おかみ、医師、母親の3役をこなすことに。
現在はおかみ業に比重を置きつつ、
不定期で病院勤務に携わる。
大学院時代に親方と出会い結婚。

逸ノ城の来歴

遊牧民時代

逸ノ城はモンゴル在住時代は遊牧民であります。
幼少期よりブフ(モンゴル相撲)に親しんでおり、
14歳の時にアルハンガイ県大会で優勝した実績を持っている。

2010年に鳥取城北高校相撲部の石浦外喜義監督に
才能を見出されて来日し、同高校に相撲留学しました。

逸ノ城は相撲留学を希望して応募した当時の印象は
第一印象は目立たない優しそうな子、であったが
傑出した太ももの太さに目を見張った」には凄い!

遊牧民であったため学校にあまり行っていなかったらしいが、

モンゴル語も標準語を話せなかった。
高校では「我慢」を一番学び、遅刻が当たり前で
あるモンゴルとは感覚が違うことも覚えたのです。

最初は相撲が非常に弱かったことから、
とにかく四股を踏んでおけ」と指導されている。

逸ノ城はどんな厳しい稽古よりも
四股が嫌いであったため無理にでも四股を踏ませられ、
徐々に成果を上げられるようになった。
現在の逸ノ城があるのも
鳥取城北高校相撲部の石浦外喜義監督の指導の影響が大である。

逸ノ城の戦歴

新十両の2014年5月場所は、
初日から4連勝をするなど実力を存分に発揮して、
11勝4敗で4人による優勝決定トーナメントに進出しました。

しかし、1回戦で琴勇輝、決勝戦で鏡桜と、
この場所の本割で敗れてしまったが

幕内経験者を相次いで倒して、新十両優勝を果たしました。

翌7月場所も白星を重ね、13勝1敗で千秋楽を迎えたが
2敗の栃ノ心に本割・決定戦で連敗してしまい、
2場所連続の十両優勝は、出来なかった。

それでも13勝2敗の好成績を挙げ、
翌9月場所で新入幕を果たしました。

9月場所は、11日目に大関の稀勢の里、12日目に同じく豪栄道、
13日目に横綱の鶴竜を破り、
この時点で1敗で白鵬と並び優勝争いのトップとなった。

初土俵から5場所目での成績であった。

入幕力士が横綱と二人の大関を倒したのは史上初である。

新入幕で金星をあげるのは
1973年9月場所の大錦(対琴櫻戦)以来41年ぶりのことだった。

14日目に白鵬との直接対決に敗れ対戦して以来

結果的に100年ぶりの新入幕優勝は逃したものの、
殊勲賞と敢闘賞を受賞した。
新入幕でのダブル受賞は2000年5月場所の栃乃花(敢闘、技能)以来で、
幕下付け出しデビューから所要5場所での
初受賞は雅山と並び最速となった。
新入幕で13勝をあげるのは最多タイ記録
(1964年1月場所の北の冨士、1967年3月場所の陸奥嵐に並ぶ3人目)。
10月2日、半年間通った相撲教習所を卒業した。

2014年11月場所で西関脇に昇進する。
幕下付け出しから所要5場所での三役(新関脇)昇進は
昭和以降1位のスピード出世、

また新入幕翌場所の関脇昇進は昭和以降では初となった。
十両の翌々場所で新関脇は、
2001年1月場所の琴光喜以来昭和以降2人目。

モンゴルからの新関脇は、
2009年7月場所の鶴竜以来7人目。
しかし10月に行われた秋巡業では多大な注目を浴びたことによる
ストレスと過労により帯状疱疹を発症し、
1週間の入院を余儀なくされた。

さらに退院後には入院中ほぼずっとベッドの上に
いた影響で骨盤が歪み、
場所直前にも拘らず整体を受けるために1泊2日で
大阪まで向かう必要に追われた。

このように明らかな調整不足の中で迎えた11月場所は
中日まで4勝4敗と一進一退であったが
14日目に勝ち越しを果たし、
場所を8勝7敗で終えた。
新三役がいきなり関脇だった場所で勝ち越した例は、
1994年3月場所の武双山(9勝6敗)以来、20年ぶりの快挙となった。
1月場所は、再び西関脇の地位で2大関に勝利するも
6勝9敗と入門以来初の負け越しとなった。
しかし、西前頭筆頭に下がった翌3月場所は
日馬富士から金星を得るなどの活躍で9勝6敗の勝ち越し。
場所後の3月31日に行われた兵庫県姫路市での
巡業ではコンタクトレンズを一週間つけっぱなしにしていたことで
右目が真っ赤になるなど不調が伝えられたが
続く5月場所は初日に白鵬から白星を奪うなどして
小結の地位で8勝7敗の勝ち越しを収めた。
7月場所は西関脇に昇格したが精細を欠き4勝に留まった。

東前頭4枚目に落ちた9月場所は9勝としたが、
東前頭1枚目として迎えた11月場所は6勝と
自身初めて平幕として負け越しを喫した。

2016年1月場所は東前頭3枚目で迎えたが、
2勝13敗と散々な成績だった。

幕内昇進後最も低い番付となった
3月場所は開幕5連勝、
最終的に11勝を挙げやや調子を取り戻した。

5月場所は西前頭2枚目まで番付を上げ、
3日目に横綱・日馬富士を破るなど序盤は好調だったが、
中日以降負けが込み12日目で負け越しが決まった。

7月場所は幕内唯一の5連勝で一時優勝争いのトップに
出たがそこからは星が伸ばし切れず優勝争いから脱落、
それでも9勝を挙げた。

9月場所は腰椎椎間板ヘルニアで
自身初の全休。

左半身がしびれ、真っすぐに歩けなかったため入院し、
25日間の入院生活中は痛みで睡眠も
食事もままならないことがあったが、
退院時点で212kgの体重が200kgまで落ちた。

退院後、減量に励んだ結果187kgまで体重を落とした。

“スリム”な姿に11月1日の力士会では
玉鷲から「新弟子が来た! 初めまして」とからかわれたほど。

しかし場所直前の宮城野部屋での出稽古では
18番取って6勝12敗と不調であり、
時には十両や幕下に圧倒されることもあった。

11月場所の場所成績も振るわず、
7勝8敗と自身初となる幕内2ケタ台での皆勤負け越しを喫した。

場所後の2016年度冬巡業は全休。
この年の勝ち星は1年間幕内にいた力士では
照ノ富士の33勝に次ぐ少なさで年間ワースト2位の34勝だった。

2017年1月場所は
半年以上続けていた禁酒などによる減量と
筋力トレーニングなどの成果が出て
優勝争いするなど二桁勝利をあげる。

3月場所は東の7枚目の地位で迎えたが、
中盤に5連敗を喫するなどで6勝9敗だった。
東の9枚目に番付を下げた5月場所は
先場所同様に中盤に5連敗を喫し、
中日を終えて2勝6敗だったが、

そこから6連勝で追い上げて8勝7敗と勝ち越しを決めた。

翌7月場所はやや幸運な3枚上昇の東前頭6枚目。

その7月場所は5日目に遠藤から不戦勝を獲得したという
幸運もあって千秋楽に勝ち越しを懸けるが、

同じく7勝7敗の佐田の海に敗れて7勝8敗の負け越し。

9月場所は番付据え置き。

10月6日の秋巡業横浜場所では9番申し合いを行い、
8勝1敗。

11日の浜松場所では土俵下で30分間、
日馬富士は逸ノ城と向き合い何度もすり足を
繰り返させた。

日馬富士からその中で左の使い方など、
身ぶり手ぶりでテクニックを伝授してもらった。
後輩を熱血指導した日馬富士は
「立ち合いの練習をしていました。

22日の岸和田場所から、
秋巡業を休場することになった。

この日の巡業には姿を見せたが、
午後の取組を回避して帰京した。

西前頭4枚目で迎えた2017年11月場所は、
初日から4連勝と好スタートを切ると、
8日目には横綱・稀勢の里から金星。

2016年11月場所は減量の効果で筋肉が落ちて力も
出ない上に食事を我慢したストレスが溜まったため、
その反省から食事の適量を守りつつ減量をやめてこの場所に挑んだことが、
場所中伝えられている。

中日を終えて7勝1敗と好調だったが、
9日目の大翔丸戦、11日目の髙安戦では力なく完敗するなど
3連敗で優勝争いからは脱落。

しかし12日目からの大関・関脇戦を3連勝として10勝5敗と
二桁の白星を挙げた。

2018年1月場所は前頭筆頭で迎える。
初日から連敗してしまうが横綱・稀勢の里を倒し
この場所初白星。

その後連敗してしまうが6日目から7連勝し10勝5敗で場所を終えた。

これにより翌3月場所は16場所ぶりとなる三役の地位で迎えることが確定した。

また、12日目の取組後の支度部屋では
比較的体の動きが良い場所であることを自覚するようなコメントを残している。

続く3月場所は入門前からの持病である腰痛が
快方に向かっていることから好調で、

小結の地位で9勝6敗の勝ち越し。

5月場所は西関脇に復帰。
初日から4連勝するなど好調を維持し、
14日目には横綱 白鵬に勝利するなど安定した相撲内容で
8勝7敗と勝ち越した。

7月場所は自身最高位である東関脇で迎えたが、
体重を230㎏まで増やした影響で腰が悲鳴を上げ、
先場所までとは一転して持ち味の腰の重さが見られず、

9日目を終えて3勝6敗に留まるなど脆さを見せたが、
終盤戦は大関2人を破るなどして8勝7敗と勝ち越し。

ただし、西関脇の御嶽海が13勝を挙げて優勝したため、

翌場所では西関脇に番付を下げた。

その9月場所では、初日こそ白星も2度の3連敗が響き、
10日目を終えて3勝7敗と関脇陥落の危機に陥ったが、

そこから横綱・稀勢の里を力強い相撲で破るなど5連勝で、

結果的に8勝7敗で場所を終えた。

幕内7場所連続の勝ち越しとなった。

続く11月場所は初日こそ白星も、
翌日から5連敗を喫し11日目を終えて3勝8敗と負け越しが決まる。

2019年1月場所は
一年ぶり平幕である西前頭筆頭で迎える。
序盤戦で2横綱2大関を破るなど好調だったものの、

中盤以降は、関脇以下相手に自分の相撲を取ることが出来ず、
14日目には負け越しが決まってしまう。

結局この場所を6勝9敗で終え、
1場所での三役復帰は叶わなかった。

3枚下降の西前頭4枚目で迎えた3月場所は
9日目に勝ち越しを決めるなど絶好調。
9日目での勝ち越しは自身としては新入幕であった
2014年9月場所以来。

その後も連勝を続け、千秋楽も勝って14勝1敗で終えた。
しかし結びの一番で横綱白鵬が勝って全勝で
終えたために優勝はならなかった。

本割では白鵬との対戦は組まれなかった。

2度目の殊勲賞を獲得。所後の春巡業がぎっくり腰で休場。
4月12日から春巡業での取組への参加を開始した。

逸ノ城ダイエットやめて好調なれど再関脇をその体重で大丈夫?

2018年夏場所では湊部屋の逸ノ城が久しぶりに関脇に戻ってきます。

ここしばらく新入幕のときの鮮烈デビューは一体何だったのかと
思わずにいられないほど精彩を欠いた相撲が、続いていましたが、

昨年の九州場所あたりから、逸ノ城は突然以前のの強さを発揮。

各方面から、いろんな罵倒が飛びかう中
やはり、逸ノ城は、体重を落とさないと上で満足のいく
相撲はとれないと思い

各方面から「太りすぎだ やせろ!」と言われており、
体重を落とさないと上で満足のいく相撲はとれないと
思われていたのですが、

昨年ダイエットをやめた途端に謎の絶好調です。

やはり、逸ノ城はダイエットをして大相撲業界を
賑わせて呉れることを希望します。

逸ノ城のダイエット奮闘記

逸ノ城がダイエットを行った方法は、
湊部屋の女将さんの指導が見逃せません!

参照:逸ノ城のおかみさん三浦真は医師?湊部屋の親方の妻を紹介!

編集後記:##逸ノ城の体重が減り、成績と年齢 ?部屋の親方の情報満載!

今回は、逸ノ城の体重が減って相撲が俄然強くなり
その理由は、逸ノ城のおかみさん三浦真さんの親身に沁みる
指導が良かったことについて調べた結果を記載しました。
その他には、逸ノ城の十両以下の戦歴も掲載しました。

逸ノ城が今後大相撲の世界で活躍するには
精神面や体重管理が欠かせません。

その様な時に、部屋の女将さんの親身な指導を忠実に
守っていけば、大関昇進も夢ではないかもしれません。

逸ノ城頑張れ!!

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