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勢の婚約者は、誰?身と怪我の状態は?過去の戦歴を暴露!

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勢翔太(いきおいしょうた)は1986年生まれの人気力士です。

大阪府交野市出身で、伊勢ノ海部屋に所属している大相撲力士です。

身長195cm、体重167kgの恵まれた体格からの繰り出される
右四つ、寄りを得意としています。

最高位は西関脇で、さらなる昇進が
期待される角界の注目力士です。

容貌にも恵まれているので、今後は、大関をも狙える力士と思われます。

今回は、勢関のプロフィールや関取に昇格するまでの経緯や
結婚の経緯と勢関の過去の成績等を暴露して見ようと思います。

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勢のプロフィール

勢 翔太
(いきおい しょうた)
所属部屋 伊勢ノ海
本名 東口 翔太
しこ名履歴 東口 → 勢
番付 十両筆頭
生年月日 昭和61年10月11日
出身地 大阪府交野市
身長 194.0cm
体重 172.0kg
得意技 右四つ・寄り

四股名 勢 翔太
本名 東口 翔太
愛称 グッチー
生年月日 1986年10月11日(32歳)
出身 大阪府交野市
身長 194cm
体重 173kg
BMI 45.97
所属部屋 伊勢ノ海部屋
得意技 右四つ、寄り
成績
現在の番付 西十両筆頭
最高位 西関脇
生涯戦歴 485勝471敗(85場所)
幕内戦歴 289勝324敗(41場所)
優勝 十両優勝1回
賞 敢闘賞4回

勢の少年時代

勢の本名は東口 翔太です。
東口は幼少期には、近所の住民や大人の人達に囲まれ
可愛がられて過ごしました。

両親が、交野市内で「すし家の繁」を開業していた関係で
大勢の人達と、接客や付き合い方を自然に身につけたようです。

小学3年生の時に相撲未経験だったが
地元のわんぱく相撲の大会に出場して
優勝を果たしたことがきっかけで、澤井豪太郎(現・豪栄道)の
父親から、相撲の世界に勧誘され、古市道場に入門しています。

父親の澤井氏は、澤井豪太郎(現・豪栄道)の稽古相手として
勧誘したらしいですね

しかし、東口には持病の小児ぜんそくを患っていたようです。
この持病を直すために、相撲で治せると思い
相撲を勧めたのかも知れませんね

体を動かしっぱなしになったことで病院で「過労」と
診断されたこともあったそうです。

その結果、1日4時間の相撲の稽古を週4回行うことで
途端に健康状態が良好化したようですが、

放課後から稽古の時間がやって来るまでの1時間を
野球などの外遊びに費やすほど元気になったようです。

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東口は相撲の稽古の結果は

1996年のわんぱく相撲全国大会の小学4年生の部では
準優勝を果たした。

小学5年生の頃に寿司屋の常連の紹介によって
先代伊勢ノ海と出会っています。

東口は、おじいちゃん、おばあちゃんに育ててもらったので
“おばあちゃん子”でした。

中学卒業後は相撲を離れてフリーター生活を送り、
兵庫県尼崎市内で1年間1人暮らしをしたこともあるそうですが

その中で社会性を身に付けたが結果として
やはり相撲をやりたいと考えるようになったのです。

ところが実家を離れていたので、
祖母の死に目に会うことができなかったのはかわいそうせすね

そんなところ、先代伊勢ノ海が祖母の葬儀に出席してくれたと
聞いて入門を志願したのです。

勢の各界への入門

18歳の時に伊勢ノ海部屋に入門、

2005年3月場所で初土俵を踏み、
翌5月場所から「勢」という四股名を名乗っていました。

幕下昇進

2006年5月場所には早くも幕下に昇進して、
その5月場所でも5勝2敗の好成績を挙げています。

2006年9月場所では初日から3連勝し、
8日目に同じく3連勝の琴冠佑に張り手を交えて勝利し

4連勝で勝ち越しを決めたのだが、

取組後に琴冠佑から顔面を殴られ、
その後は3連敗と精彩を欠いてしまった。

十両昇進

2010年11月場所では
自己最高位となる西幕下2枚目まで昇進したものの
3勝4敗と負け越した。

その後も幕下上位に在位し、
東幕下3枚目の位置で迎えた2011年9月場所において
5勝2敗の好成績を挙げ、翌11月場所に新十両へ昇進した。

新十両となった2011年11月場所では、

初日から8連勝で早々と勝ち越し、

9日目に千代嵐の髷を掴んで反則負けを喫した以外は

13日目まで白星を重ね、
14日目の時点で初の十両優勝を決めた。

東十両3枚目まで大きく番付を上げた

翌2012年1月場所でも7日目から8連勝して

10勝5敗の好成績を挙げた。

新入幕に昇進と十両陥落及び初の三賞となる敢闘賞を受賞

翌3月場所において新入幕を果たした。

その3月場所では3日目の若の里戦に両者合わせて

10本の懸賞がかかるなど御当地力士としての

人気ぶりを示したが、

黒星を喫して若の里に懸賞を勝ち取られる結果となった。

これも含めて初日から5連敗を喫するなどして

5勝10敗と振るわず、翌5月場所に十両へ陥落した。

翌7月場所に再入幕を果たしたものの、

その7月場所でも7勝8敗と負け越して

1場所で十両へ陥落した。

翌9月場所では東十両筆頭の位置で

11勝4敗の好成績を挙げて優勝決定戦まで進出したが、

優勝決定戦では常幸龍に敗れて優勝は逃した。

翌11月場所に3回目の入幕を果たし、

9勝6敗の成績を挙げて幕内では自身初となる勝ち越しを決めた。

以降は幕内に定着することとなる。

2013年11月場所は11勝4敗の好成績を挙げ、

幕内で初の二桁勝利を挙げるとともに、

初の三賞となる敢闘賞を受賞した。

翌2014年1月場所は西前頭2枚目で6勝9敗と負け越したが、

大関・琴奨菊戦で初勝利。

2014年5月場所は2日目から自身初となる9連勝を記録し、

11勝4敗の好成績を挙げ、2度目の敢闘賞を受賞した。

翌7月場所は豪栄道と栃煌山が関脇を維持した上に

安美錦と碧山が小結の地位を得た影響で

新三役を逃したが東前頭筆頭に据えられて

最高位を半枚更新する。

西前頭5枚目の地位で迎えた9月場所は

新鋭の逸ノ城を破る活躍を見せた上で、10勝5敗の好成績を残した。

翌11月場所は新三役(西小結)

その11月場所では10日目に負け越しを

確定させてしまったものの、

11日目から4連勝するなど食い下がって、場所を6勝9敗で終えた。

2015年1月場所は中日の遠藤戦を除いて、白星を全く得られず

1勝14敗と大不振であったものの、

翌3月場所は8勝7敗の勝ち越しにあずかり、

続く2015年5月場所は11日目に勝ち越し10勝5敗の好成績。

9月場所は11勝4敗、

11月場所は12勝3敗と連続して二桁勝利、敢闘賞を受賞。

2016年1月場所はおよそ1年ぶりの三役である

東小結として迎えたが、

横綱・大関陣相手に1勝5敗と力の差を見せつけられ、

結局5勝10敗でまたも一場所で平幕に落ちることが確定した。

3月場所は東前頭4枚目で迎えたが、

初日から7連勝と好調を維持。

そこから3連敗で優勝争いからは脱落したものの、そこから白星を重ね、

千秋楽での勝利を条件に自身5度目の敢闘賞候補に挙がったが

琴勇輝に敗れ、10勝5敗の成績で敢闘賞は獲得できなかった。

新関脇と三役陥落と金星

しかし3月場所は関脇、小結力士が全員負け越したため、

続く5月場所では新関脇となった。

5月場所は2日目に照ノ富士、5日目に鶴竜に勝つなど

序盤は好調だったが、7日目から8連敗と失速し、

4勝11敗で三役陥落が決まった。

7月場所も調子が上がらず5勝10敗だったが、

9日目に優勝争いの一角にいた白鵬を破って、金星を獲得した。

9月場所は7日目まで5勝2敗と出だしが良かったが、中日から4連敗、

そのまま千秋楽に黒星で7勝8敗。

11月場所は弟弟子の錦木に部屋頭の座を譲ることとなった。

靖国神社奉納大相撲 勢関の相手は

2017年1月場所は西前頭3枚目の地位で土俵に上がり、

この場所は日馬富士と鶴竜の2横綱と琴奨菊に

勝利するなど好調であり、

場所成績を8勝7敗として自身初の幕内上位での勝ち越しを手にした。

勢の金星

3月場所は場所前に右腕を負傷したが、4日目に白鵬から金星を挙げた。

(白鵬は翌日から休場)

だが、この相撲でさらに右腕を痛め、

初日から得意の右小手投げが全く使えない苦しい相撲が続いた。

結局白鵬からの金星以外は勝ち星を挙げられず、9日目に負け越しが確定。

勢の体調不良

1勝9敗の状態から終盤に調子を戻し、最終的には5勝10敗とした。

7月場所は腰の痛みにより振るわず、

5日目にこの場所2勝しただけで休場した不調の

稀勢の里から金星を奪う以外は良い所が無く、4勝11敗の大敗に終わった。

8月6日の夏巡業本庄場所の支度部屋では

夏巡業は腰のケアを優先した。

西の7枚目で迎えた9月場所は11日目までに

6勝5敗とするもそこから4連敗で6勝9敗と負け越し。

およそ2年ぶりとなる幕内の二桁番付となった。

11月場所は、先場所とは対照的に10日目までに

4勝6敗の成績から5連勝で勝ち越しを決めた。

2018年1月場所は4勝11敗と精細を欠き、

翌3月場所は2013年以降最も低い番付となる、東の14枚目まで落とした。

場所前に足を痛めた影響から、

初日、2日目と連勝したものの、取組後には顔をしかめ、

花道では足を引き摺る仕草が見られた。

しかし、足の痛みをきっかけに積極的に前に出る相撲を、取ったことで

白星が先行、

11日目には勝ち越しを確定させた。

●勢の優勝戦線では、敢闘賞受領は、14日目まで優勝の可能性を残し、

幕内の下位から優勝戦線を盛り上げた。

千秋楽に勝てば自身5度目となる敢闘賞を、受賞することが決まったが、

同じく今場所好調だった魁聖に敗れて受賞はならなかった。

敢闘賞こそ逃したものの、身体の状態が良くない中で

8場所ぶりの二桁白星となる11勝を挙げたことで、

本人は「十分に頑張れたと思う」とコメントしていた。

2019年1月場所初日

輝との取組で右目の上に7針の傷を負ってしまい

すぐに縫合したが取組後、

午後1時から2時まで出血が止まらなかった。

ただ、この場所は9勝6敗と勝ち越している。

3月場所前は左足のアキレス腱を痛め、さらに蜂窩織炎にも見舞われた。

初日こそ松鳳山を一気の相撲で押し出したものの、

場所中も蜂窩織炎の影響で40度の高熱を出すなど、本調子とは程遠く、

8連敗で9日目に負け越しを喫した。

結婚の報告と年寄名跡『春日山』を取得

7月場所の番付発表の後、

女子プロゴルファーの比嘉真美子と

今年中に結婚する予定であることを明らかにした。

また比嘉との婚約が明らかにされた際に、

勢が年寄名跡『春日山』を取得したことも明らかとなっている。

なお、日本相撲協会の事業報告書によれば、

春日山を取得した件は、2017年3月24日の理事会で決議されている。

勢関と比嘉真美子の出会いは、出会いは2年前の2015年5月、

彼女の比嘉真美子さんが初めて大相撲観戦で夏場所に行ったとき。

共通の知人を通して出会い、すぐに意気投合しました。

というのも、誕生日が同じで、勢関はゴルフ好き、

比嘉真美子さんは大相撲好きという、

お互いの仕事をリスペククトする仲だったからです。

交際期間1年後、2017年6月には早くも婚約し、

勢関が贈った婚約指輪の値段はなんと1000万円!

ブランドは人気ジュエリーブランド「ハリー・ウィンストン」

結婚する日は「2人にとって特別な日。

この日しかない」と、2人の誕生日10月11日!

この場所中、婚約者の比嘉とは

比嘉がどん底の時に出会ったと語っている。

14日目には「相撲を取っているだけでも

結局自己ワーストタイの2勝13敗に終わり、

6年半連続で務めた幕内から陥落することとなった。

勢の婚約者の比嘉真美子のプロフィール

名前 比嘉 真美子
生年月日 1993年10月11日(25歳)
身長 161 cm (5 ft 3 in)
体重 58 kg (128 lb)
出身地 沖縄県国頭郡本部町
経歴
プロ転向 2012年
成績
優勝回数 日本女子:3勝

比嘉真美子には、お姉さんがいます。
名前は、比嘉久美子さんです。

比嘉久美子さんは、比嘉 真美子のキャディをしていましたが
ゴルフの会見はなく、横峯さくら選手のキャディーを
務めたことのあるフランス人のロリアン・ロドリゲスさんと結婚して
現在はフランスに移住して暮らしている様です。

比嘉真美子のお父さんは、比嘉宏さんですが、比嘉真美子が
高校2年生の時に60歳で病気の為他界しています。

又、お兄さんは比嘉良樹さんですが、
満15歳で病気で他界しています。

勢の試合内容

出場場所 番付 成績
令和元年五月場所 西十両筆頭 4勝11敗
平成三十一年三月場所  西前頭九枚目 2勝13敗
平成三十一年一月場所 西前頭十一枚目 9勝6敗
平成三十年十一月場所  東前頭八枚目 6勝9敗
平成三十年九月場所 東前頭筆頭 3勝12敗
平成三十年七月場所 東前頭二枚目 8勝7敗

まとめ

現役大相撲幕内力士の勢翔太は

大阪府出身の現在29歳。

勢関は三役の経験のある実力者であり、人気力士です。

実家のすし屋で、人間関係の大切さを学ぶとともに、
その縁と恵まれた体格を生かして

母親の葬式に参列された伊勢ノ海親方と縁があり
伊勢ノ海部屋に入門しました。

2018年6月、勢関はプロゴルファーの

比嘉真美子さんと婚約されている事を発表されています。

また、高須クリニックの
高須克弥院長がタニマチとして有名で
勢関には、かなり入れ込んで呉れています。

勢関はこのように体格、容貌、そして周囲のサポートにも

かなり恵まれていると言える力士です。

勢関の四股名は一字の四股名ですのでファンには

覚えやすく、人気が出てきそうな気配ですね

これからも勢関を応援しましょう!!

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