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大奄美の経歴や出身地は?読み方や部屋はについて完全解説!

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力士の大奄美が
大相撲九州場所で初入幕しましたね!

これから、如何に上位を狙えるのでしょうか?

今回は、大奄美の出身地や所属している部屋の情報と

大奄美の読み方等について、解説しようと思います。

大奄美の四股名の読み方

大奄美の四股名は出身地が奄美なので

大奄美の読み方は

「だいあまみ」と読みます。

出身の島・奄美大島にちなんで

つけられた四股名ですが

大奄美は

実業団出身の力士ですので、

相撲界では一寸異色の存在です。

大奄美のプロフィールと相撲歴の紹介!

大学でも数多くの活躍を見せた、大奄美は、

4年の時に膝に怪我を負ったのが原因で、

プロへ進む道を一時はあきらめ

大学職員となりアマチュア相撲を続けていました。


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平成27年9月に実業団横綱となり、

幕下15枚目格付け出しの資格を得たことで、

相撲界へ進むことを選びました。

大奄美のプロフィール

四股名 大奄美 元規(だいあまみ げんき)
本名 坂元 元規
生年月日 1992年12月15日
年齢 26歳
身長/体重 185センチ/187キロ
血液型 A型
趣味 音楽鑑賞
最終学歴 日本大学 卒
出身地 鹿児島県大島郡龍郷町
所属部屋 追手風部屋

兄の背中を追いかけた少年時代!

育ててくれた母に恩返しを!から解説します。

大奄美は鹿児島県大島郡出身、

奄美大島で生まれ育ちました!

大奄美を育ててくれたお母さんは

現在もこちらにお住まいです。

お母さんは坂元昌代さん(53才)で、

福祉関係の仕事をされています。

大奄美は母と祖父母のもと育てられました。

大奄美は3人兄弟で、

2つ上の兄と2つ年下の妹がいます。

兄は肇一(はじめ)さん(28才)で、

東京で会社員の仕事をされています。

妹は嘉乃さん(24才)

看護士の仕事をされているそうです。

兄弟仲は小さい頃からとても良く、

大奄美の元規少年はいつもお兄さんの

後ろをくっついて歩いていたそうです。

元規少年は生まれた時は、3680g

ある大きな子だったそうで、

生まれた時にとても大きな元気な声で

泣いていたので「げんき」と名付けられました。

小さい頃から、まわりの子供たちよりも

常に頭ひとつ大きく、

体格はぽっちゃりとしていたのですが、

運動は何をさせても器用に何でも

すぐにできる運動神経の良かった子だったそうです。

しかしながら、

体は大きいのに引っ込み思案の性格で、

照れ屋の性格だった様ですが、

何時も、2つ年上の兄の陰に隠れ、

後ろを追いかけて遊んでいる元気少年だった様です。

母が仕事から帰って来るまでは、

おじいちゃんと一緒に畑に行って遊んだり、

畑の仕事を見よう見まねで手伝ったりと、

とても、おじいちゃんっ子だったのだらしいです。

奄美大島は相撲が盛んな地域なので、

土俵も多く、相撲大会も沢山催されています。


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元規少年の相撲との出会いは、

小学1年の時に島の相撲大会

初めて出場したことがきっかけだった様です。

奄美大島では、

子供の頃から、自然に、まわしをつけて、

相撲をやるのが当たり前らしいですね

そんな初めて出場した大会で見事に

元元気少年は、優勝をしたのです。

小学校の頃からスポーツは相撲以外にも

ソフトボールや水泳をやっていましたが、

やはり相撲で勝つと嬉しいし、

まわりからも褒められるので、

自然に相撲が一番好きになっていったそうです。

小学2年の時には、4年だった兄と一緒に

優勝したことをきっかけに、

「兄が相撲を始める!と言ったので、

その時から、兄弟一緒に「名瀬相撲クラブ」に入り、

本格的に兄弟で、相撲を習い始めることになりました。

相撲道場は、家から約22㎞も離れていたのですが、

母や祖父母が送り迎えをして、

毎週火曜と金曜の2回には、

学校が終わってから通い稽古をしていました。

小学4年では、わんぱく相撲全国大会3位にも輝きました。

6年まで相撲クラブに通い、

中学は兄と同じく赤木名中学校の相撲部に入り、

相撲を続けていました。

中学の相撲部の稽古には、

週に2回ほど国体に出るような相撲部のOBが

稽古をつけに、来てくれるような環境だったので、

メキメキと力をつけていきました。

3年の時には全中で2位になりました。

高校も兄を追いかけて

鹿児島商高に進学することとなり、

初めて島を出て生活することになったのです。

親元を離れての生活が寂しくて、

しばらくは島に帰りたいと思ったことも

あったそうですが

しかし相撲の稽古はしっかりと続け、

3年の時には金沢大会で

優勝することができました。

高校卒業後も、やはり兄の後を追って

日本大学の相撲部に入ったのです。

その結果、2年で宇和島大会優勝し、

4年の時には主将を務めていました。

しかし、4年の時に左膝を怪我したことで、

プロに進むのは厳しいと考え、

一度大学職員として就職したのです。

日中は、職員として働き、

夕方からは母校の相撲部のコーチとしての

日々を過ごしていました。

大きな転機が訪れました。

平成27年9月に、

全日本実業団相撲選手権で優勝して

「実業団横綱」となり、

幕下15枚目格付け出しの資格を獲得したことで、

相撲界の道に進むことを決心し、

同年12月に追手風部屋へ入門しました!

平成28年1月に

初土俵から6場所すべて4勝3敗での勝ち越しを決め、

負け越し無しで、平成29年1月には、新十両を決めました!

取り口としては、

右を差せばその巨体からは、

想像もつかないほどの速攻相撲が得意であり、

怒涛の寄りで相手を圧倒する相撲は、

なかなか見応えがあります。

そして、立ち合いの押しの威力が強まり、

押しからの四つ相撲となれば、

その圧力は一段と磨きが、効果を発揮します

この様な威力で相手を圧倒する取り口が

益々磨きをかければ、幕内上位進出も夢では、

無くなってくると思います!

大奄美の経歴や出身地

大奄美は、小学校の頃から

相撲に親しんでいました。

高校も大学も相撲の名門校に

進学したのですが

大奄美は、1992年12月15日生まれで、

鹿児島県大島郡龍郷町(たつごうちょう)の出身です。

小学校は、龍郷町立赤徳小学校です。

龍郷町立赤徳小学校の2年生の時に、

名瀬相撲クラブに、兄弟で通い始めました。

中学校は、奄美市立赤木名中学校です。

その後、高校は奄美大島から離れて、

鹿児島商業に進学しています。

高校では、高校相撲金沢大会で

個人優勝を果たしており

鹿児島市立鹿児島商業高等学校商業科

入学し、相撲について勉強していましたが

鹿児島市立鹿児島商業高等学校商業科は

高校では相撲部も強い事で有名な学校です。

高校相撲金沢大会に優勝しています。

高校相撲金沢大会に優勝は

益々、大奄美は相撲に力を注ぐ様になったのです。

その後

日本大学商学部商業学科に進学し、

相撲部に入部しました。

2年生の時には、

宇和島大会で優勝して、前途洋々でしたが、

3年生の時に

左膝半月板を負傷し、手術しています。

4年生の時には

相撲部の主将になったのですが、

結果を残せませんでした。

そのため

プロの相撲取りにならずに、

大学卒業後は

実業団相撲に進みました。

日本大学の職員になり、

実業団の相撲選手になったのです。

2015年には、

全日本実業団相撲選手権大会で優勝し、

実業団横綱となったのです。

この結果を受けて、

幕下15枚目格付け出し資格を取得して

晴れて大相撲の世界に入門したのです。

2016年初場所で初土俵を経験しています。

2017年7月の名古屋場所で優勝し、

秋場所で新入幕を期待されましたが、

残念ながら、入幕は叶いませんでした。

秋場所で入幕したのは、

名古屋場所で、大奄美関に破れた力士でした。

この結果、大奄美は、あと一寸で入幕できたのには

悔しいやら、淋しいやら、

複雑な気持ちだったでしょうね!

しかしながら、大奄美は、気持ちを乱さずに

マイペースで、今後の相撲に邁進したのです。

実業団横綱になったことで角界入りを決意、

追手風部屋へ入門しました。

2017年の九州場所で、初入幕したのです!

念願かなっての
初入幕は感無量でしょうね。

大奄美の入門した「追手風部屋」とは

大奄美は「追手風部屋」に入門して居ます。

追手風部屋のサイトはこちらです。

追手風部屋のHPをご覧になると

追手風部屋に籍を置いている力士の一覧を

見る事が出来ますよ!

追手風部屋のプロフィール

師匠 追手風 直樹 (おいてかぜ)<委員>
しこ名 前頭二枚目 大翔山 (だいしょうやま)
本名 山崎 直樹
生年月日 昭和41年7月7日生
出身地 石川県
生涯戦歴 266勝252敗33休
受賞歴 優勝0回/殊勲賞0回/敢闘賞1回/技能賞0回

師匠は、追手風 直樹さんです。

追手風親方の来歴

追手風親方は、元二羽黒部屋を引き継いで

日大同窓の大翔鳳や智ノ花を呼び込んで

追手風親方(元前頭6・追風山)の長女と結婚し、

清惠波から名跡を譲られ年寄・中川を襲名して

そして、年寄・追手風として友綱部屋から独立して

追手風部屋を33年ぶりに復興しました。

まとめ

大奄美関は故郷を兄弟二人で相撲人生に励んだ結果

現在までの経緯から、四股名の由来は地元の奄美と

生まれた時には元気な子供であったので「元気」と

名づけられたそうです。

読み方は「だいあまみ げんき」と読みます。

その他に追手風部屋に入門した理由なども解説しました。

大奄美は身体が大きい力士なので

特に怪我をしないようにして

頑張って欲しいと思います。

大奄美関の招来は明るいような気がします。

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