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碧山の出身地と体重は?結婚した嫁さんと子供等の調査の結果は?

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最近の大相撲熱は物凄い勢いで人気が爆発しています。
大入り満員の状態が全部に近い開幕日が続いています。
そんな中で、人気上昇中の力士の中に
今回紹介する碧山関が活躍中なので体重はどの位なのか
結婚しているのでしょうか?既にお子さんはいるのでしょうか?
その様なことを調べてみましたので相撲観戦の参考にして
楽しんで頂ければ幸甚です。




碧山のプロフィール

四股名 碧山 亘右
本名 ダニエル・イヴァノフ
愛称 ダニエル、ブルーマウンテン
生年月日 1986年6月19日(32歳)
出身 ブルガリア・ヤンボル
身長 191cm
体重 198kg
BMI 54.27
所属部屋 田子ノ浦部屋→春日野部屋
得意技 右四つ・寄り、押し、叩き
碧山の成績
現在の番付 東前頭7枚目
最高位 東関脇
生涯戦歴 406勝350敗19休(58場所)
幕内戦歴 330勝313敗17休(44場所)
優勝 幕下優勝1回
序二段優勝1回
序ノ口優勝1回
賞 敢闘賞3回
データ
初土俵 2009年7月場所
入幕 2011年11月場所
趣味 映画鑑賞、釣り

碧山の出身地は、ブルガリア南部のトラキア平原にある
人口が74,132人の国から日本の相撲界にやってきました。

碧山の来歴

碧山は、ブルガリアでレスリングを10年経験して、
その後、アマチュア相撲を3年経験した後に、

ブルガリア出身の琴欧洲関の紹介で
ブルガリア出身2人目の力士として角界入りを果たしました。

エピソード
碧山関の入門当時の体型は、現在よりも、
すっきりした体型であったが
相撲界に入門するために現在の体型になっています。

・碧山の体型は
身長 191cm
体重 198kg
ですが、

現在の碧山関を見ていると、一寸のんびりしている様に
見受けられますが、実際には相当の努力家の様に見受けられます。

碧山関の四股名は

師匠である14代田子ノ浦(元幕内・久島海)に
「山と川どちらが好きか」と尋ねられた際に、
本人が「山」と答えたため「碧山」
という四股名に決まったそうです。

随分簡単に決まった様ですね

日本人の関取が、四股名を決めるときには
縁起や自分の歴史やいろんな事を考慮して決める様ですが
碧山は意外と簡単に決めたようです。

碧山関の結婚について

碧山関のお相手は
同郷ブルガリア出身で建築デザイナー
ビオレタ・トドロバさんです。

碧山より5歳年上の姉さん女房です。

なれそめは、
碧山関が帰国する際に同じ飛行機で知り合った様です。

偶然の出会いで会話を交わしている際に

お互いの実家が80メートルくらいしか離れてなかったので、
ビオレタさんがドイツに住んでいたため存在すら知らない同士だったそうです。

ビオレタ・トドロバさんは相撲にはほとんど興味はないようですが、
碧山関はいろいろな会話をした際に碧山関の人柄や人間性の話を
したそうですが、「ボクという人間を好きになってくれた」とのことらしいです。

碧山関は結婚適齢期でもあり、丁度好みに合った女性と会話をしていると
お互いに好意をもったようですね!とかくいう

この様な縁で二人は目出度く結婚されました。

結婚披露宴の出席者を出迎える碧山(中央)と新婦のビオレタ・トドロバさん

碧山関の来歴(参照;Wikipedia)

レスリングを10年、アマチュア相撲を3年経験した後、
琴欧洲の紹介でブルガリア出身2人目の力士として角界入りを果たす。

1度目に琴欧洲に誘われた際は断ったが、
再度の勧誘に備えて後述するように力士体型を作った。

増量して2度目の勧誘を受けた際は、
人相も異なっていたイヴァノフを琴欧州は別人と勘違いしていたという。

初めは「碧山 聖人」を名乗り、2009年7月場所で初土俵を踏み、
翌9月場所では7戦全勝で序ノ口優勝を果たした。
名を「碧山 亘右」に改めた後、

2009年11月場所では7戦全勝で優勝決定戦へ進出し、
優勝決定戦で風斧山を破って序二段優勝を果たした。

三段目へ昇進した2010年1月場所では、
5日目に北皇(高田川部屋)に敗れてデビュー戦からの
連勝が16で止まったものの、残りの取組は勝利し、
この場所でも6勝1敗という好成績を残した。

幕下へ昇進した翌3月場所では7戦全勝の成績を挙げて
幕下優勝を果たした。

その後は幕下上位に在位し、
2011年5月技量審査場所において
東幕下筆頭の位置で5勝2敗の好成績を挙げて、
翌7月場所に新十両へ昇進したが、

新十両ながら番付を西十両4枚目まで大きく上げた。
翌9月場所では腰椎椎間板ヘルニアのため
初日から休場したが、
3日目から出場して最終的に10勝3敗2休という
好成績を挙げて、翌11月場所において新入幕を果たした。

新入幕となった2011年11月場所では、
11日目に勝ち越しを決め、
最終的には11勝4敗の好成績を挙げて
初の三賞となる敢闘賞を受賞。

初土俵から所要14場所での三賞受賞は
小錦や武蔵丸らに並ぶ史上6位のスピード記録
(幕下付け出しを除く)である。

2012年2月13日に師匠である14代田子ノ浦が
急逝して田子ノ浦部屋が閉鎖されたので、

本人は同年3月場所前に春日野部屋へと移籍した。

転籍後の初稽古では引退したばかりの
竹縄が教育係を務めた。

春日野部屋へ移籍して初めての場所となった
同年3月場所では8勝7敗と勝ち越し、

続く5月場所でも自己最高位となる西前頭6枚目の位置で
11勝4敗と大きく勝ち越した。

東前頭2枚目まで番付を上げた翌7月場所では、
横綱・大関陣との対戦が続いた7日目までは
1勝6敗という成績だったものの、

8日目以降は白星を重ねて、
最終的には8勝7敗と勝ち越しを決めた。

翌9月場所では新三役となる東小結へと昇進し、

ブルガリア出身力士としては2005年3月場所における
琴欧州(現・琴欧洲)に続く2人目の新三役となり、

初土俵から所要18場所での新三役昇進は
曙と並ぶ史上7位のスピード記録(幕下付け出しを除く)となった。

新三役昇進が決定した際の会見では、
前師匠の田子ノ浦親方の遺影を持って会見に臨んだ。

その9月場所では初日から7連敗と不振で、
4勝11敗という成績に終わった。

翌11月場所では8日目まで6勝2敗と好調だったものの、
8日目に勢を破った際に左膝の関節を捻挫してしまい、
翌9日目から途中休場した。

2013年5月場所は自己最高の192kgを計測し、
その影響から5勝10敗の不振に甘んじた。

この場所後、「182~184キロくらいにしたい。
ご飯はお茶わんの半分にして、
野菜を多く食べています」と明かした。

これには、古傷の左膝、腰の負担を軽減する狙いもある。

同年7月場所は上位陣が星を落としていく中で
12日目までただ一人で2敗を守り、
全勝の白鵬を追いかける展開となった。

残り3日は上位との取組が組まれて3連敗し、

最終的には10勝5敗と二桁勝利を挙げた。

翌9月場所は西前頭2枚目まで番付を戻し、
その場所では6勝9敗と負け越したが、

4日目の横綱・日馬富士戦で自身初の金星を獲得した。

翌11月場所では12日目に大関・鶴竜を破って
勝ち越しを決めるなど好調で、
最終的には10勝5敗の好成績を挙げた。

2014年1月場所は番付運に恵まれず、
僅か2枚上昇の東前頭3枚目で迎えた。

6勝9敗と負け越したが、大関・稀勢の里から初白星を挙げた。

2014年2月9日の大相撲トーナメントでは
決勝戦で琴欧洲とブルガリア出身者対決を演じ、
これを制して2010年の豪栄道以来となる
トーナメント平幕優勝を達成した。

翌3月場所は9勝6敗と勝ち越し。
東前頭筆頭だった翌5月場所は2大関(稀勢の里・琴奨菊)を破り、

2場所連続の勝ち越しを決め、
翌7月場所では11場所ぶりに小結に復帰したが
6勝9敗と負け越し。

東前頭3枚目に番付を落とした9月場所は
稀勢の里と豪栄道の2大関を破って

10勝5敗の好成績で場所を終えた。
これを受けて翌11月場所は新関脇に昇進。

ブルガリアからの新関脇は、
2005年9月場所の琴欧州以来2人目となった。

この11月場所の西関脇は初土俵から6場所目にして
新三役の地位を得た逸ノ城であった。

両者がこの場所3日目で対決した際にはともに
新関脇であり尚且つ200kgに迫る巨漢であることから
「合計約400kgの重量対決」として話題になり、

逸ノ城と共に場所を8勝7敗の勝ち越しで終えた。
この場所では、横綱・日馬富士と大関・稀勢の里を破った。

2015年は「大関昇進」を目標としている。
しかし2015年1月場所直前の連合出稽古では
インフルエンザが疑われるなど不調が伝えられていた。

体重が理想(182~184kgくらい)より
重い190kg台後半だった2015年1月場所は、
左膝の状態が良くなかったためか、5勝10敗だった。

しかし、横綱・日馬富士を2場所連続で破った。
翌3月場所はあばらを痛めていた影響で振るわず
5勝10敗の不振に終わった。

続く5月場所、7月場所を連続で勝ち越して、
9月場所は東前頭筆頭まで番付を戻したが、
この場所から4場所連続で7勝8敗と千秋楽で給金相撲を落とした。

2016年5月場所も6勝9敗で終わり、
5場所連続での負け越しとなった。

翌7月場所はダイエットが功を奏したのか
1年ぶりとなる勝ち越しを決め、

東前頭5枚目まで番付を戻した9月場所は
9勝6敗の勝ち越し。勝ち越しを確定させた

]しかし11月場所は初日から5連敗を喫するなど
大関以上からは琴奨菊しか白星をあげられず、

4勝11敗と大敗した。

二桁の黒星は2015年3月場所以来となる。

2017年1月場所は前頭7枚目の地位で臨んだ。
序盤は黒星が先行したが、
終盤持ち直して8勝7敗と勝ち越した。

場所後にはブルガリア人女性との結婚を公表した。

3月場所は千秋楽に勝ち越しを決め、
自身の結婚に花を添えた。

5月場所は西の3枚目に番付を戻したが、
開幕から4連敗をするなど序盤に負けが込み
4勝11敗と大幅に負け越した。

7月場所はここ4年間でもっとも番付の低い
東の8枚目で場所を迎えた。

序盤から出足が良く、武器の突き押しに威力があり、
開幕から7連勝で横綱の白鵬と並んで全勝をキープ。

しかし8日目に阿武咲に敗れて連勝が止まると、
11日目には錦木が敗れ2敗に後退。

しかし同日にここまで全勝の白鵬も敗れたため、
星の差一つで優勝戦線に踏みとどまった。

13日目には物言いの付く微妙な判定ながら勝利を収め、
千秋楽では割変えで小結の嘉風と対戦し勝利。

幕内自己最高の成績となる13勝2敗とし、
千秋楽に白鵬が敗れれば優勝決定戦というところまで持ちこんだが、

白鵬が勝利し、叶わなかった。

それでも他の上位陣が軒並み不振で星を落とす中、
白鵬の独走を許さずに千秋楽まで場所を盛り上げる活躍を見せ、

平成23年九州場所以来、2度目の敢闘賞を獲得した。
三賞受賞はこのとき以来34場所ぶりで、
太寿山と並び5番目に長い受賞間隔となった。

この場所は自己最速となる9日目での勝ち越しとなった。

9月場所は三役から平幕に落ちる力士が琴奨菊1人だけであり、
さらに本来なら三役に上がってもおかしくない
星の力士が平幕上位にとどまったため、

わずか5枚半上昇にとどまる西前頭2枚目の地位となった。
さらに不運にも場所前に元々悪い膝を負傷。

左膝骨挫傷で約1カ月の治療期間を要する見込みとの診断書を提出して休場。

その後8日目から出場。復帰初戦でいきなり結びの一番を取ったが黒星。

その後は膝の状態が本調子からは程遠い状態ながら

10日目に関脇の御嶽海を破るなど3勝を挙げた。

最終成績は3勝5敗7休場。

なお、2017年11月場所も2日目の取組で足を負傷。
本人はバキッと音がしたとコメントし、車いすで退場になり、

そのまま翌日から休場。
詳しい診断症状は右足首捻挫、靭帯損傷のため約1カ月の治療とのこと。

3日目の対戦相手魁聖は不戦勝。

休場は通算で4度目となった。
場所中の復帰は絶望視されていたが、
8日目から再出場して大翔丸に白星。

しかしやはり足の状態は思わしくなく、
そこからは6連敗をするなどで合計3勝に留まり、
翌場所で37場所連続在位を続けてきた幕内から陥落。

2018年1月場所は西十両2枚目の地位で土俵に上がり、
10日目まで5勝5敗であったが11日目から4連勝。

千秋楽は黒星であったが
9勝6敗と半年ぶりの勝ち越しを果たし、翌3月場所に再入幕。

幕尻となる東前頭17枚目で迎えた3月場所は、
序盤から好調で初日から4連勝を記録。

5日目の妙義龍戦では、土俵際の判定が微妙だったものの、
物言いが付かずに敗れる不運もあって連勝が止まったが、

そこからも調子を大きく崩さず、
11日目に勝ち越しを決めた。

しかし残りを4連敗として勝ち越しは1つに留まった。

4月2日の春巡業中津川場所の朝稽古では
この日の力士最多となる19番(16勝)でやる気をアピールした。

栃ノ心が1月場所に幕内最高優勝を果たしたことと
春日野が巡業部長に就任したことが、
発奮して稽古に励む要因となっている。

9月場所前の相撲雑誌に「幕内の申し合いがわずか26番というのは、
お粗末の一言だろう」と嘆かれた

7月30日の夏巡業大津場所では、
14番取るなど積極的な稽古を行い、

この日の稽古では11連勝も確認されている。

その他、連日幕下にも20番ほど胸を出している。

2019年3月場所は優勝争いに加わっていたが、

13日目の嘉風戦で送り出しで敗れて3敗目を喫して脱落。
それでも自己2位の幕内での場所成績となる12勝3敗の対象に終わった。

千秋楽の友風戦は勝った方が敢闘賞受賞となることが
取組前に決定していたが、勝利して自身3度目となる敢闘賞を受賞。




合い口

横綱・白鵬には1勝19敗。
2015年9月場所で不戦勝を獲得したが、自力での勝利は無し。

横綱・鶴竜には1勝17敗。
鶴竜の横綱昇進後は11敗。
鶴竜が大関だった2013年11月場所で初勝利。

大関・豪栄道には3勝20敗。
豪栄道の大関昇進後は3勝8敗。
2014年9月場所で初勝利。
最近では2015年11月場所で勝利。

大関・高安には9勝8敗。
2012年3月場所の幕内初顔合わせから2013年5月場所まで
4連勝していたが、自身が新関脇となった2014年11月場所から
2015年5月場所まで4連敗。
2015年7月場所から2016年11月場所まで4連敗。

大関・貴景勝には0勝3敗。

元大関・栃ノ心には1勝。
2012年3月場所以降は栃ノ心と同部屋に所属しているため、
対戦が組まれなくなった。

元大関・琴奨菊には7勝15敗。
初顔合わせだった2012年7月場所で初勝利。
最近では2019年3月場所で勝利。

元大関・照ノ富士には1勝12敗。

照ノ富士の大関在位中は1勝8敗。
2016年9月場所で初勝利。

元横綱・日馬富士には3勝15敗。
日馬富士の横綱昇進後は3勝13敗。
2013年9月場所で初勝利。
最近では2015年1月場所で勝利。

元横綱・稀勢の里には6勝13敗(不戦敗による1敗を含む)。
稀勢の里の横綱昇進後は1敗。

元大関・雅山とは、
雅山の大関陥落後に2度対戦し2勝。

元大関・把瑠都には2戦全敗。

元大関・琴欧洲には4戦全敗。

・碧山関の通算成績は

通算成績:406勝350敗19休(59場所)
通算勝率:.537

幕内成績:330勝313敗17休(44場所)
幕内勝率:.513

三役在位:4場所(関脇2場所、小結2場所)
十両成績:26勝17敗2休(3場所)

まとめ;碧山関の出身地と体重は?結婚した嫁さんと子供等の調査の結果は?

巨漢で大相撲を賑わしている碧山関の経歴などを中心にしながら
出身地のブルガリアの情報を交えながら
お目出度い碧山関の結婚の経緯についても掲載しました。

特に、通算成績は
通算成績
通算成績:406勝350敗19休(59場所)
通算勝率:.537
幕内成績:330勝313敗17休(44場所)
幕内勝率:.513
三役在位:4場所(関脇2場所、小結2場所)
十両成績:26勝17敗2休(3場所)

この様な素晴らしい成績なので待望の「横綱」に昇進できるのは
稜になるのでしょうか

楽しみです!

如何でしたでしょうか?

最後までお付き合い有難う御座いました。

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